真夜中のラブレターとは、気持ちが高ぶって書いた文章がその時は最高の内容だと思っても、翌朝に落ち着いて読み直すと、とても恥ずかしいことを書いていることに気づく、という類のものであると認識している。今日は、そういう意味でなくて、ラブではないが、文字どおり真夜中にレターを読んだ。
今日は、私の前任校横浜国立大学の卒業式と謝恩会、その後研究室での打ち上げ、であった。私は3週間前に横浜国大を去り、その際にすでに送別会も開催していただいたため、今日はあくまでも卒業修了者をお祝いして送り出す会だとの認識で臨んだ。
研究室打上げでは、教員のスピーチが時間不足で省かれるトラブルもあったが、学生のスピーチの後、私の番になり、最後に私宛のプレゼントを戴いた。今ここに写真はないが、綺麗に製本されている冊子で、コンクリート研究室に関わった1期の人から現役生(32期)まで、30年以上にわたる方々から、メッセージを寄せていただいて、冊子に取りまとめられているものであった。
研究室の最高学年の小松君が奔走してくれたのが目に見えてわかって、その場で泣きそうになったがこらえて、散会後、いそいそと予約していたホテルに戻る。
夜中0時過ぎに、やっぱり今読んでおこうと思って、ページをめくりながら、メッセージを読ませていただいた。私がこれまでやってきたこと、交わってきたこと、に対して、ねぎらい、評価、激励を戴く内容であった。もちろん、一般論としてお祝いのメッセージはお世辞も含まれるから、割り引いて考えるにせよ(空気が読めずすみません)、一人一人の顔と声が浮かんできて、涙しながら最後まで読んだ。
PCが手元になかったので、この文章は後日書いているが、読んだ直後に、その思いを忘れたくないと思って、携帯でメッセージを書いて、保存しておいたものから起こしている。その時にとっさに浮かんだブログのタイトルが、「真夜中のラブレター」。このタイトル自体が、後で読み直すと恥ずかしい、いわゆる「真夜中のラブレター」である。香川高専に赴任しても、家族の引っ越しや、横浜に残務が残っていたりで、色々と慌ただしくて落ち着かなかったところもあるが、こうして、横浜国大の区切りを得たことで、ポジティブに、次に切り替えられるような気がする。
最後のスピーチでも言ったことであるが、私も卒業生も横浜国大コンクリート研の歴史の中で一歩一歩進んできたが、明日からは、各自が新しい環境で歴史を作っていく。
2013年3月22日金曜日
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