2018年4月30日月曜日

ファーブル昆虫記「系」の本

連休の今朝。もうすぐ9歳になる小3の息子が寝起き直後に、先に起きていた私に声をかけてきた。「5のびっくりマークの2乗を計算できる?」

私「びっくりマークとは5×4×3×2×1のことのこと?」
息子「そう」
私「電卓使っていい?」
息子「パパなら電卓使わなくて解けるよ」
私「ああそうか、えっと、5×2は10だから100、4×3=12の2乗は144、だから14400」
息子「正解。僕はこう考えて・・・・」

というやりとりがあった。おい、その問題は寝ながら考えたのか(笑)?

(アニメの)名探偵コナンと妖怪ウォッチに目がない息子であるが、算数というか数学の虜にもなっている。

本人も言っているが、その素晴らしい世界にのめり込んだのは「数の悪魔」という本である。以前から算数の本は沢山読んでいたが、1年前に接して、何度も何度も読んでいる。

 数の悪魔―算数・数学が楽しくなる12夜
 ハンス・マグヌス エンツェンスベルガー 著
 丘沢 静也 訳
 晶文社
 普及版発行 2000年4月1日(初版は不明)

数字の不思議さ、楽しさについて、平易に、うまく喩えを使いながら。自然の現象が、数学で記述できることの素晴らしさについて愛情を込めて書かれている。例えば、フィボナッチ数なんて、私が高校数学で習った(というか、数学の川田先生が数列の授業のときに、このことをフィボナッチという、という豆知識として紹介したのが、何故か強烈に耳に残っていただけである)ことが、息子の心を刺激したようである。

ファーブル昆虫記が、少年少女への昆虫に限らず自然の素晴らしさ、奥深さを教えてくれる名著であることは誰も疑いようがない。ファーブル昆虫記の数学版といったところだろうか。


土木・建築「構造」系のファーブル昆虫記は何だろうか。と考えたことは余りなかったのだが、先日、GNN(元気な生コンネットワーク)長岡生コンの二見さんがさらっと言及していた「建物はどうして建っているか」という本に興味を持ち、早速購入して今読んでいる。

 建物はどうして建っているか ~構造-重力とのたたかい~
 マリオ・サルバドリー 著
 望月 重 訳
 鹿島出版会
 初版発行 1980年10月5日

私が4歳の時に日本訳が出版されたのである。原著はもっと早いのだろう。

「訳者まえがき」に書かれているので引用する。

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 ファーブル「昆虫記」を読んで、動物学者または研究者となった人は多いと思う。彼らにとって「昆虫記」は動物学の本ではなく、動物の世界にひきこまれる誘いの音楽であったに違いない。建築の構造にもそうした本があってもよいと思うのは、私ひとりではなかろう。
 こうした気持ちにぴったりと答えたのが、サルバドリーのこの本である。
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なぜこういった構造物が成り立つのかについて、平易に書かれている。まだきちんと読み込めていないが、章立て、挿絵、などをパラパラと見る限り、言葉通りファーブル昆虫記である。

私のこの年では、知識の上では新鮮味はないかもしれないが、自分がこどもの時に読んでいたらどう感じただろうか、または自分の子どもたちへ話すなら、とか、高専の構造系の授業に反映できることはないだろうか、など、自分と対話しながら読み進めてみたい。


私は授業中に本の話を良くするが、4年生へ先日発言した言葉をもう1度繰返す。「他人から紹介される本はきっと良い、という考えを実践すると、必ず良いことがある」。今回も良かった。

2018年4月26日木曜日

「2つ」のもつ意味

1を聞いて10を知る。2を聞いてNを知る。

この言葉は、高校時代、塾で数学を教えていただいた古市先生の言葉である。私の座右の銘を問われれば、この言葉を挙げることが多い(たまに忘れる)。

色々な意味を持つと思っているが、それは本稿では置いておく。


本稿での意味について、簡単にいうと、「1つだけでは全体を理解するのに限界があるが、2つ知れば世界がわかる」。

高専では、力学系授業を教えているが、曲げモーメント、ひずみ、断面二次モーメント、ヤング係数、等は目に見えないし、普段の生活ではあまり使わない概念である。

いくら定義を勉強しても、「そういうものだ」という暗記系になってしまい、単元のテストでは合格するかもしれないが、その後忘れられたり、次に別の形で出てきたときには覚えていなかったり関連があると気づかなかったりで全く使えない。

これは学生が悪いのではなく、教え方や学び方に課題があると思っている。

結論として、別の見方も同時に理解しておくと、理解に繋がると思う。

例えば、「断面2次モーメント」が何なのかの理解について
「定義通りの式が提示できる」に加えて、
「梁の曲げの抵抗にどのように効いてくるのかを示す数値である」ということも頭に入れておくとよい。

それでも若干不足している。曲げの抵抗に関係するのは確かである。ただし、曲げやすくなるのか、曲げにくくなるのか、のどちらに意味がもとれるため、その理解では不十分である。よって、それを補うとしたら、断面2次モーメントが「大きくなると」梁が「曲げにくくなる」という性質まで捉えておくとよい。

よって、2つめは、「梁の曲げにくさを示す指標」としておけば、独立した概念となる。古い教科書を読むと、「曲げこわさ」という用語が使われている。言い得て妙である。曲げ易さではなく、曲げにくさなのである。これは大きく区別すべき重要な概念である。


さて、3次元の物体を、2次元の図面として図化するのに、6面の投影図があればお釣りが来るぐらい十分である。図面1枚は2次元で2つの次元をもつので、次元の数が3を越えるためには、図面2枚があることが必須である。大抵の場合には、2枚の図面から、3次元の形は想像できるのはそういう理由である。こういうものとアナロジーがある。


昨日の授業では、鉄筋コンクリートの曲げ耐力を求める際に、材料非線形を簡単に計算するために「等価応力ブロック」で置き換える話をした。

等価応力ブロックが何故そういう風になるのか、というのは一見わかりにくい。そういうものだと暗記するのは悲しい。

授業では、

等価なものに置き換える
→力学的に等価なものに置き換える
→力の本質は、大きさ、作用点、向きである。ここでは軸方向を考えるので向きは共通のため除外すると、大きさ、作用点、の2つが、力の本質である。
→等価応力ブロックにおいて、ブロックの大きさは力の大きさに対応する、ブロックの高さは合力の位置を規定するので作用点を表す。
→よって、上記の2つの観点は必須であり、それにより、等価応力ブロックの形状が1つのみに定まるのである。

という話をした。
学生は、そんなこと初めて聞いたという顔をしている。いや、そうではない、と続けた。

実は1年前の構造力学1において、分布荷重が載った梁のモーメントを計算するのに、計算を簡単にするために、分布荷重の中心位置に、分布荷重を集中荷重に置き換えることは普通にやっている。これは、実は上記と同じ作用なのである。

その直後、私には、多くの学生の頭に「!」が見えた、気がした。


という風に1年前の授業と今回の授業の2つが繋がった。これもまた2つである。

追記:この文章を書き終えて、過去のブログを見ていたら、似たようなタイトルで2月にブログ執筆していたことに気づいた。すっかり忘れていた。こちらへ。
 2つの指標でとらえる

2018年4月25日水曜日

足し算系 と かけ算系

本日の構造系の授業では、小テストを実施。この授業は単位数の関係で週2コマ実施なので、1回の定期試験までの回数が長いため、定期的に小テストを入れるように仕向けたいと思っている。成績という狭い話ではなく、理解が足りないところを強制的に気づいてもらいたい意図である。誰の助けも借りられないテストをすれば一目瞭然ということである。

ものごとを体系化して考える、ということが、ものごとを理解する事の本質、勉強する本質だと思っている。小テストの直後、できなかった人はどうやって勉強をするのか、という話をした。次のようなことを話した。

【勉強をする手順 4つ】
・教科書やノートが揃っている。途中の抜けがないこと。
・そこで使われている専門用語、考え方、式の意味がわかること。
・問題で求められている式や知識がどれなのかを理解し、上記のどれを引張ってくれば良いかわかること。
・式を組み合わせて、必要な未知数に対して解くこと。

ある単元を理解する、ということは上記の枠組み・手順を実行することに置き換えられるように思う。単にこの授業は難しい、私は苦手だ、という漠然とした評価ではなく、自分のどの部分が足りないのかを理解するように務めなければならない。こうやって具体的に分析ができれば、つまづきの原因が自分でもわかるのではないだろうか。

学生から、わからない、という質問を受けることがたまにある。それを上記の手順に当てはめて、どこがわからないの? ということを聞くと、意外と1つめから抜けていることが多い。


さて、上記の手順は、「かけ算である」と私は主張する。4つの手順のそれぞれの達成度の満点を1点とすると、全部OKの場合、1×1×1×1=1 合計1点となる。どれかが欠けてもだめ。例えば、1番目がダメだったら、他ができたとしても、0×1×1×1=0 合計0点:理解できていない、のである。

これを「かけ算系」と仮に呼ぼう。

なお、この考えは、竹村公太郎氏の提唱する、インフラストラクチャーの構造で、直列システム、と同じ概念である。


理解を助けるために、別の考えもある。足し算の世界。「足し算系」。

例えば、テストの点数がそうだろう。運転免許を取るための学力試験を例に挙げる。

赤信号を無視して良い、という問題にyesと答えて、その部分が間違っていても、他の問題が正解していれば、合格点に達して、免許が取れる。安全救護に関する問題が総崩れでも、他で挽回できたら、免許が取れる。

運転免許の趣旨を考えると、点数を積み上げていく問題だけでなく、間違ったらNGとなる地雷のような、間違ったら一発退場の問題が組み込まれていても良い。前者は足し算の問題で、後者はかけ算の問題。

考えれば怖い面もあるが、合理性も加味して、社会はそれで成り立っている。

言いたいのは、世の中は、足し算の概念のものと、かけ算の概念のものの両方があるということ。

勉強のようなものは、教科全体を見れば前者が多いものの、個別単元を見ると後者に近いようになっている。そのことを理解しないと、勉強の効率が悪く、成績が上がりにくい。


人間関係、信頼関係は、足し算ではなく、かけ算に近いかもしれない。信頼は築くのは大変だが、何かのきっかけで一気に失う。でも、よい関係が築けると、指数関数的に上昇する。

哲学的である。

2018年4月21日土曜日

研究室始動

3月末に新しい高専本科5年生の研究室配属があり、若干タイムラグがありましたが、新年度が始まった2週間ほど前に新メンバーを迎えました。

毎年改善の連続ではありますが、今年はとにかくディスカッションをしてお互いがお互いの研究をよく理解することを重視しています。継続的にPCには投資をしましたが、PCだけと向き合っていても良いものは生まれません。環境作りが大事で、今年は研究室中央の大机には、ものを置かないように注意するようにしました。そのためには、周囲の書架に余裕がないといけないので、古い本を捨てるか、少なくとも別の場所に整理するようにしました。

その机に多数の人数が座れるように、配置を少し換えて、イスも新調しました。しばらくはここがメインの活動場所となります。

今週は、昨年度の積み残しのある実験を始めました。目的や手法についてホワイトボードに書き出しながら議論がスタートしました。昨年のヒントを知っている私から見ると、答えや方向性を示したほうが作業はすぐに開始できるかもしれませんが、担当する学生が心から理解したり、その後の創意工夫を期待するならば、回り道をしてでも議論することが大事です。早速、私が考えていなかったアイデアも出て、試行錯誤をしながら補助器具を開発したりしていました。

学生の成長にも繋がるし、それが研究を動かすための原動力にもなります。

2018年4月20日金曜日

手帳のデジタル化

新年度が始まって、既に20日が過ぎました。一応落ち着いてきたような感じです。

働き方改革に関連して、過去にも色々マニアックなことは書いた紙手帳について、遂に手帳のスケジュール管理をデジタル化しました。今愛用しているのは、Outlookのスケジュールです。

最近、メールソフトをOutlookに変えたのですが、カレンダーとメールソフト、Todoを連携できるので、統一することにしました。

今までは紙の手帳に、○時からこれをやる、という風にタスクを入れていましたが、実際に行えなかったり、予定よりも超過した場合には、書き換えるのが追いつかずにそのままになっていました。結局、何を何時間費やしたのかが曖昧になっていました。

デジタルであれば、タスクを頻繁に細かくスケジューリングしたり、実際に終わった仕事をタスクの事後記録としてスケジュール表に可視化するようにできるので、試しに暫くそれを行ってみると、自分自身の働き方について作業の遅延が非常に多いことが分かりました。1時間と思って始めたことが、その次の予定を入れていないとどんどん遅延する。逐次記録していくと、その遅延が多いことを改めて知らされました。

Outlookのスケジュールソフトのインターフェースにはまだまだ改良の余地はありと思いますが、メリットが多いと判断して、全面的に切り替えることに決めました。紙の手帳も持ち歩いていますが、メモ帳としての利用になってきて、そうすると今使っている1日1ページのほぼ日手帳では、不要になるため、改めてシンプルな手帳に買い換えたいと思っています。


ブログの移動(に近いもの)

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