2018年8月16日木曜日

四国でのコンクリートの品質確保に関する近況など

色々と動きがありすぎて、書き切れないのであるが、書かないと他人から見たら何もやっていないように見えるので、書く。こまめに書くことの効果は、頭ではわかっているが実践できていないのが課題。

7月4-6日 日本コンクリート工学会(JCI)年次大会in神戸 への参加。学生コンペ(キングオブコンクリート)に、高専から唯一エントリーして、闘ってきた。こういう大会に参加する高専生は、専攻科生が多いものと思うが、地元ということもあり、色々加味して本科5年生が3名参加した。殆どが大学という20チームの中で、強度部門では7位に入るなど、健闘したと思っている。期間中、高専唯一ということで、沢山応援を戴いた。また、出場チームの大学生も、高専編入している学生からも声かけを戴いた。続くクイズ部門で敗退したが、3名のうちそれぞれ1問ずつ正答ができて、良い経験を得たと思う。

7月12日 日本コンクリート工学会四国支部に、新しい委員会を立ち上げた。「四国における新設コンクリート構造物の品質確保の実践に関する研究委員会」という名称で、私が委員長、幹事長に香川大学の岡﨑慎一郎先生。岡崎先生とは、彼が東大生研の博士学生の時から、表層品質の委員会で活動をしてきて、一緒に沢山の現場調査にも参加している。高松高校の同窓生でもある。タッグを組みながら、四国の品質確保に取り組みたい。
民間の方からも多数入っていただき、良い議論ができたと考えている。これに関して、品質確保のホームページを作っているので、こちらも参照いただきたい。コンクリート新聞の取材も受けたので記事も転載している。

7月25日 四国地整と連携して、念願のフライアッシュの試行工事を行ってきた。この日は、3日目のコンクリート打ち込み日で、やっと都合が合ったので、見学会としてJCI委員も参画して見学を実施した。ちょうど、日本中の熱波で連日35度越えの最中で、過酷なコンクリート打込み環境の下の試行工事となった。色々と学ぶところがあって、やって良かった。この現場では、脱型時期や養生法法等を敢えて変化させた研究も仕込んでおり、今後非破壊検査での検証なども控えている。

7月27日 こちらは、香川県生コンクリート工業組合と建設業組合支部青年部との合同研修会であった。聴講として参加させていただいた。テーマは、「圧送」。圧送の分野では、日大の中田先生が有名で、今まで名前しか知らなかったのだが、講演とパネルディスカッション、懇親会を通じて、先生の考え方、やり方に共感した。まさに私が四国で行おうとしていることとベクトルは一緒である。また、その中で、また何名かの県内のキーパーソンとお会いして、さらにヒアリングをすることになった。

7月31日 香川県建設技術センター主催の講習会に、講師として参加。コンクリートの基礎ということで、発注者の方20名程度に、品質確保の話をした。午後は参加できなかったので、残念だが、こういう貴重な機会を通じて、PRしていきたい。

8月9-10日 ブログの別記事で書いているが、横浜国大コンクリート研のご一行を香川、徳島、高知にお迎えした。この件は、さらにブログ記事は増やしていく。その中で、私自身、今回は「満濃池」についてゼロから勉強して、臨んだ。満濃池土地改良区に事前ヒアリングして、満濃池だけでなく、以前から香川県コンクリート診断士会を通じて、農業土木の維持管理のことも聞いていたので、さらに理解が深まった。徳島の世界に誇る「青雲橋」、高知の「上吉野川橋」も、今回初めて訪れて、素晴らしかった。

8月11日 一級河川 土器川の調査。豪雨による河川災害が増えているが、土器川は以前から課題を抱えており、近年私も河川の研究者と一緒に検討を進めている。実際に数時間行動を共にして現地を見て、現状把握ができた。構造物管理者と連携したあるプロジェクトも動き始めている。紹介できる段階になれば、アップしたい。


夏休み期間は、授業がないだけで、研究や社会活動はどんどん進めている。むしろ出張を多数入れるので、普段より忙しいぐらいかもしれない。

以下予定しているもの
8月~9月 生コンへのヒアリング2件(1件は初めての小豆島にある生コン)
8月 建設業界との品質確保についての意見交換会
8月20-22日 高専フォーラムin名古屋 の主催
8月25日 香川県コンクリート診断士会 第12回定例会
8月29-31日 土木学会in札幌に合わせて、北海道の品質確保意見交換会、フライアッシュ・生コンのヒアリングの実施

9月10日 品質確保委員会 第2回委員会
9月中 四国地整の産官学会議の実施
9月中 試行工事の表層品質調査

などなど。

今年は、昨年度までに種を蒔いたことの、実践の年と思っていたが、まさにその様になりつつある。

2018年8月13日月曜日

ハートで感じる見学会(1) 旧香川県立体育館、香川県庁東館

 題名はわかる人にはわかると思うが、大西泰人(おおにし ひろと)氏の「ハートで感じる英文法」にちなんでいる。ネイティブにとっては、文法は暗記ではなく、必然性から自然と英語が出てくる。大西氏はその感覚を養うことが大事だと提唱している。私の物事の理解も全てそれに基づいており、共感でき、今の高専での授業でもそうありたいと思っており、暗記はするな、こうやって考えるんだ、という授業設計をしているつもりである。以下に示す話も、単発の技術ではなく、なぜそうなったのかという流れを中心に理解したいし、理解してもらいたいという考えに基づいている。振り返りや、今後の再利用のことを考えて取りとりまとめたい。長くなるので、場所毎に分割することにする。

 母校かつ以前の職場であった横浜国大のコンクリート研究室が夏合宿として香川を訪れることになった。主として香川県部分の段取りのお手伝いをさせていただいた。幹事の学生に合宿のテーマを聞いたところ、「原点回帰」との返事だったので、私なりに考えていくつか提案させてもらった。
 夏合宿の大きなテーマは、古いもの新しいもの、コンクリートか否か、土木か否か、こだわらずに、良質のものをしっかり見て考える、というものであると思っている。望むべくは、単に受け身で参加して「面白かった」という「感動の消費」で終わることのないものであれば良い。そうなるかどうかはどちらかというと参加する側の姿勢にかかっているが、できるだけ前後に繋がるようなテーマ設定だったり、説明だったり、を考えてみた。

 今年は、瀬戸大橋30年、明石海峡大橋20年という記念すべき年でもある。結果として、明石海峡大橋の主塔を見学してから、香川に入る行程となった。この部分は携わっていないのでノーコメントとする。ただ、原点というなら、瀬戸大橋が良かったし、大鳴門橋も建設年代という意味では突出している。今回2日目の最後に見た瀬戸大橋のモデル橋とのペアであれば、瀬戸大橋を是非、というのは今でも変わらない。

 香川県の見学先の1つめとしては、デザイン知事と呼ばれた金子正則知事が推し進めた開かれた政治、開かれた公共建築、を体現した、旧香川県立体育館、香川県庁舎東館とした。建築分野の方からは、これもいいけど他にももっと良いものがある、とご指摘を受けるかもしれないが、まだまだ建築分野以外には世の中に知られていないこれらを見てもらいたかった。現代の公共建築の原点であると思う。

 高松で2013年に丹下健三展が開かれたのをきっかけに私自身も相当に勉強していたつもりであったが、今回は建築家で「香川県立体育館保存の会」の会長をされているカワニシノリユキ氏に説明をお願いすることになった。私自身改めて別の人から話を聞くことで得ることもあったし、これらの場所では、私が少し離れた立場でコメントをすることもできたので、依頼して良かったと思っている。カワニシ氏には、翌日の見学にも参加してもらえることになり、色々と彼の考え方に触れることができた。

 県立体育館は、2014年に耐震改修の入札が2度に渡り不調になり、それ以後使用がストップしている。丹下健三が設計した、世界でも有数の建築遺産であり、「ワールド・モニュメント財団」から「危機遺産」として認定されている。舟形の体育館であり、地元からは県立体育館よりも舟の体育館と呼ばれて親しまれていた。私が中学生の時には、バスケットボールの大会でよく舟の体育館を訪れていた。
 清水建設が施工しているが、日本を代表するトップエンジニアのひとり渡辺泰充氏(元 清水建設)のお父様が同じ清水建設の渡辺泰臣工務課長としてこの工事に携わっている。渡辺泰充氏は、私の母校、高松高校の大先輩でもある。さらに、渡辺泰充氏のお嬢様が、横浜国立大学 土木工学科の先輩にあたる。親子3代にわたり、高松、横浜、コンクリートのキーワードで繋がっている。

 構造に関しては、今年4月にカワニシ氏らが主催した写真展に詳しかったのであるが、まだまだ私の中では勉強不足であった。この部分は近いうちに補って、誰にも負けないような説明ができるようにしておきたい。1つ楽しい宿題ができた。

 香川県庁東館は、現在、免震工事中である。スレンダーなこの建物も同様に耐震で問題があり、検討の結果、免震工事を行うことになった。残念ながら、1階のピロティ部分を直接見ることはできなかったが、外観、今回特別に入らせて戴いた2階のホール、そして一般の方も入れる低層棟の屋上から至近で見ることができた。

 耐震改修中に、什器(家具類)の一部が東京で展示されている。森美術館の建築の日本展である。
 以下のページに、香川県庁東館の家具類の詳細が載っているので紹介する。
https://ameblo.jp/art-masciclismo/entry-12380406880.html

 次に示す2枚の写真は、ともにカワニシ氏からの提供である。確か21mm相当の広角レンズとのこと。





2018年7月18日水曜日

大切な写真データ

12歳の娘が生まれたとき以降、家族が所有するデジタルデータ(主に撮影した写真とビデオ)が12年分で300GBあるのだが、バックアップに外付HDD2台への保存だけでなく、某社のクラウドを利用することにした。

パソコンのSSDに余り空きがなかったので、少しずつ小分けをして、2日間かけて全体の99%のアップロードが完了。アップロードに要した時間は20時間程である。

今朝から家のネット環境がおかしいなと思っていたら、光回線の通信容量制限を超えていたようで、連続する3日間の上り通信容量が50GBを越えると帯域制限がかかるらしく、今朝から発動したようである。3日間は制限がかかるらしい。ただ、ほぼ完了しているので、安心である。

もし地震等で自宅のパソコンやHDDが同時に何か起きても、以後はデータは守られるようになったので、安心である。家のネット環境を光回線に切り替えた今年の1月以降、いつかアップロードしなければと思っていたけれど、半年間先延ばしになっていた。その後押しをしたのは、今回の豪雨災害である。水没したハードディスクも多数データが失われたと聞いている。そもそも流されてPCの在処すらわからないケースもあるだろう。

ここ数年のデータが増える速度は、平均して年間40GB程度であった。ただ、2月に一眼レフカメラを買ったので、今後はもっと増えるのは確実だが、今の1TBの契約容量であと20年弱で容量をアップグレードしなければならないが、そもそも10年後、いや2~3年後だって、ネットワークの常識は変わるだろう。

2018年7月12日木曜日

等価交換、適切な価格

先にブログで殴り書き公開した内容。後に推敲するかもしれないが掲載する。

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利用料、工事代金というのは、原価のものを買うよりも、人件費や償却費などの金額が上乗せされているので、価格は大きくなり、その結果感覚的に高いなぁと思うことはある。しかし、人は、提供する側に廻ることもある(私は、消費者でもあり、サービスを提供する側でもあること)ので、諸々を考えると、全ての値段は等価であると思うことにしているし、そうしないとデフレで社会が廻らない。

身近な例では、私が知っているとある学校では、近距離の高速道路の利用は不可となっている。その料金を負担するのは、支給でなく自分の研究費なのに、近いからという理由で使えないのである。

家のウォシュレット交換程度であれば、電気屋で買って自分で取付けたらほぼ原価でできるし、業者に頼めばプラス数万円かかるので高いぁあと思ったりする感覚はある。でもエアコン工事はできないし、やろうと思ったらそもそもコンプレッサや専門工具を買う初期投資があるので馬鹿らしいし。

提供する側が適切な利潤を載せている場合には、納得できるならそれを利用すべきだし、自分でやりたいひとはやればいいし、高速利用でなく一般道で時間をかけて走りたい人は走れば良い。でも、そのサービスを利用したい人に対して、高い、贅沢なという理由で使用が制限されるべきではない。あくまでも等価であるため、贅沢ということはない。

家事を自分でやるのか、外部委託するのかも、同じだと思う。

表記の知り合いの学校の人に対しては、その人は現時点で内部のしかるべき人に伝えているそうなので、それ以上は関与せず、その人がしかるべき立場になって影響力が広がったときに変えれば良いとアドバイスしている。

2018年6月24日日曜日

42歳を迎えて

本日42歳を迎えた。

午前中は部活の引率もある、普通の日曜日であった。

幕末の志士は皆若くして活躍し、若くして亡くなった方も多い。私の中では42歳というのはひとつ感慨深いものがある。香川県の偉人として5本の指に入るのは、大久保諶之丞(おおくぼ じんのじょう)であり、彼が亡くなったのが1891(明治24)年12月、42歳の冬であった。

大久保諶之丞は、香川県の土木技術者であり、政治家である。130年前のアメリカ ニューヨークにかかるブルックリン橋が完成したのを知り、本州と四国に橋をかけるという、当時としては夢物語を提唱した人である。

 四国と本州を結びたい・・・瀬戸大橋 1889年に構想 →1988年完成
 讃岐平野の水不足を解消したい・・・香川用水 1891年に構想 →1974年完成

香川県を縦断して徳島、高知へと繋がる四国新道を建設したのも大久保諶之丞である。今の国道32号線の猪ノ鼻峠越えの旧道にあたる道である。

いま、国道32号線猪ノ鼻峠を貫く新猪ノ鼻トンネルの建設が進んでおり、国土交通省四国地方整備局、および施工者の佐藤工業と共に、新猪ノ鼻トンネルの品質確保に取り組んでいるのが私の一番のライフワークのひとつになっている。

四国においても、新設コンクリートの品質確保の取組みが少しずつ進みつつあるが、この新猪ノ鼻トンネルは四国の実践例の1番目として位置づけても良いだろう。大久保諶之丞が開拓したこの道の数度目の改良に学という立場で携わることができていることに誇りを感じている。その諶之丞が倒れたのが42歳の12月の県議会の場であるとは、私にとって、特別な42歳なのである。


7月から、日本コンクリート工学会四国支部において、品質確保の委員会を私が委員長として2年間の活動を開始する。今動いているプロジェクトを評価するとともに、委員が関心を持つ事項について、勉強したり実践したりしながら、四国方式の確立に向けて実行していきたい。


育った香川県高松市に腰を据えるようになって5年半が経過した。香川県の地で、土木工学、コンクリート工学に携われることに日々喜びを感じている。横浜にいたときとは助手という、今とは立場が違うので、見えているものが違うかもしれないので厳密な比較はできないかもしれないが、都会の大学等の研究者は総合病院の専門医、地方の大学・高専の研究者は開業医の町医者のような感じを持っている。

専門のコンクリートでいえば、今、コンクリートのゆりかごから墓場まで、を担当している。

話は遡るが、横浜にいたときに、日本コンクリート工学会関東支部 若手会21 という委員会に所属し、最後は委員長を務めた。上の方々の方針で、それなりの予算を戴き、自由な活動をさせて戴いたと記憶しているが、私が取り組んだのは、若手の社会人や学生のための見学会の企画であった。コンクリート工学の分野も、専門の細分化が進み過ぎると、自分自身の職業や研究だけを見るようになり、自信やモチベーションが保てなくなったりするのではないかという仮定の下、コンクリート工学全体を一気通貫で勉強する機会を設けよう、ということを提唱して、コンクリートのゆりかごから墓場までツアーを企画した。

骨材、セメント生産、建設、供用、維持管理、取り壊し、というものを1泊2日のツアーで見学するものである。委員の皆さんが積極的に動いて戴き、(実施は私が香川に赴任が決まり、後任の委員長であったが)実施にこぎ着けることができたし、その下調べの段階ではとても勉強になった。

話は戻り、今私は、香川県の地で、骨材、生コン、建設業、維持管理、それぞれの分野の方、民間、公務員問わず仕事をしたり、交流をするようになっている。分野や立場が異なれば、同じものも別の観点で見たり、常識や前提条件が異なったり、そういう中で、連携できること連携すべきことがよく見えてくる。

横浜国大で育てて戴いた結果なのか、私の性格なのか、結果として、いまの研究スタイルが、「色々な分野に飛び込んで、みんなを巻き込みながらやっていく」という形になってきた。そういうやり方と、今の環境がちょうどよくミックスしているように感じている。

色々な方とお会いする機会があり、記録にある最近は、自分の名刺の消費が年間平均500枚である。とはいえ、私が色々な方と交流して、単に「勉強になった」と自己満足して、評論家になっていてはいけない。何か動き出して、成果が出るか、という所が問題であるし、結果を出さなければ誰も見向きをしてくれなくなるだろう。毎日が試行錯誤の連続であるが、とにかく走り続けたい。

さらに、若手を育てる年齢でもあり、自分が動くのではなく、若手に活躍してもらうための場作りも行わなければならないし、それもいくつか実行に移している。四国のコンクリート品質確保についても、私だけが動くのではなく、自律分散的に動くように育てることがひとつのゴールであろう。


さて、ブログの発信、Facebookの発信は、マニアックであるのは認識している。マニアックでないものは敢えて載せていないため、マニアックに見えるだけである(違うだろ、と突っ込まれるのは覚悟で)。

ブログで発信が簡単にできるようになって、世の中には写真も豊富なページは多いが、果たして、技術資料として後世に残すものはどれだけあるであろうか、と考えると、必ずしも多くないと思っている。幸い、そういうことは好きなので、些細なことでも、きちんと取り上げて、徹底的に記載したページを残していきたいと思っており、それが私のオリジナリティーのひとつであろうかと思う。

昨年、ブラタモリのテレビ番組で、黒部ダムの回があったが、そのときに、3000アクセスぐらい、ブログの訪問者が短期間だけ増えた。それは、フランスのダムが決壊したマルパッセダムの記事である。今、マルパッセダムでググると、私のページがWikipediaの次に出てくる。他を見ると、Wikipediaを元に作られたまとめサイト程度である。個人できちんと取り纏めているのは私ぐらいだったように思う。これは一例だが、単に、面白かった、と写真を載せて終わりにせず、今後も実施したいと思っている。

教育ツールの開発も、進めたい。先日、舞鶴高専の取組みを拝見して、上には上がいると感銘を受けた。他者の良いところも採り入れて、愚直に進むことも、極めればオリジナリティーと思っている。良いものを作るのが目的なので、自分で自作することは手段であり目的ではないのである。

土木史についてももっともっと深めたいと思っているし、その経験が、教育や各種実践活動にも深く関係する。そのためにはとにかく時間が必要であり、仕事を効率化して、自分の教養を高めることに投資したい。家の通信環境の再構築も、その一環である。

ということで、41歳の1年間は、色々と自己改革を仕掛け始めた年であったと振り返るし、42歳はそれを使って成果を出していく年と思っている。昨年1年間にお世話になった方々に感謝するとともに、42歳で一層精進することを誓ってこの文章を終える。

通信環境の再構築

通信環境を再構築するのが、我が家の課題であった。1年半かけて本日切り替えが完了した。

1.携帯電話

ボーダフォン時代からなので20年ぐらいソフトバンクを使ってきたが、郊外での電波の繋がりの悪さ、そして高い料金、古くからの契約者の軽視などで、嫌気がさしていた。土木工学でコンクリートの調査や現場へ趣くことが多いので、1番目の理由は一番大きいように思う。

先に私が更新月になったのが、1年半前。iPhone6を使っていたので、SIMフリー端末にはならないため、色々考えた結果、iPhoneSEのSIMフリー版(5万円ぐらい)を新規購入し、MNPでdocomo系の格安電話会社を探すことにした。結果として、iPhoneが小さくなって良かった。

繋がりやすさといえば、今はauの方が評判が良いようであるが、1990年代の巨人docomoの田舎に行っても繋がる安心感を知っている身にとっては、docomoブランドは私にとって憧れの的であった。1年半前の切り替え時に、格安回線にau回線が少なかったのもある。

会社はNiftyのNifmoにした。その理由は、夫婦で通信量を分け合えるプランがあったためであった。さらに、ニフティは、大学に入学した1995年からプロバイダおよびパソコン通信時代からずっと継続しており、安心感もあってである。23年間も契約して同じIDを使い続けている。

1年半遅れて、妻も更新月になった。上記の理由で夫婦揃ってNifmoにするには、docomo回線への変更が伴うため、同じ妻のiPhone6では、端末をSIMフリー等へ乗換える必要があった。その後色々考えると、妻の場合、使う場所がソフトバンクでも問題なかったし、今ある端末と同じ画面の大きさを使い続けたいことを考えていた中、たまたまbmobileが、最近になってソフトバンク回線のMNPも開始したので検討をしてみた。

妻のパケットは、普段は小さく、年に2ヶ月ほど多く利用することがあるという程度だったので、段階料金というのもちょうどニーズに合っていた。

ということで、
 私 Nifmo docomo回線 7GB
 妻 bmobile ソフトバンク回線 最低1GBで使用した量の従量制
で落ち着いた。

通信料金を試算すると、年間でちょうど10万円下がることになった。


モバイルPCの通信用に、bmobile(docomo)の従量制(最低500円)を契約し続けているが、通信量としてはNifmoと重なるので、解約したいと考えているが、iPhoneを使ったbluetooth接続がうまくいかないので、それができるようになるまでは待つようにする。


空いた私のiPhone6端末であるが、iPod nano(第6世代)を5年以上振りに復活させて、当時小学校5年の娘の音楽プレイヤーとして昨年から使用させていたのだが、WindowsやiTunesのアップデートに伴い、最近になってPCから認識しなくなってしまった。そこで、急遽、私のiPhone6端末を初期化して、ネット接続もできないようにして、娘(小6)のiPod端末として復活させた。

2.インターネット回線

今まで高速通信が必要なかったので、ずっとADSLを使い続けてきた。職場でMicrosoftのOneDriveのクラウドが使えるようになったため、それを利用するには、ADSLの速度では我慢できないようになり、光回線に切り替えることにした。

四国電力のPikaraが圧倒的に安いことや、NTT電話回線の込み込みプランにすると、ADSL+NTT回線と全く同じ価格で利用できることも今更ながら知り、乗換えたところ、快適なネット環境が構築できた。

家の膨大な写真等のデータも、数十GBに達しているので、これまで外付HDD2台の三重化で対応しているが、バックアップ及びデータの二次利用を考えて、クラウドを検討し、1TBのクラウドも契約するようにした。


ということで備忘録や、ひとつの紹介として書いておく。

2018年6月19日火曜日

東へ西へ

産官学を巻き込むあるプロジェクトが佳境に入ってきた。

ちょっと早めに4時起きで出勤し、色々と庶務を行っていたところに、大阪の地震。高松、RC3階建ての1階の教員室では、初期微動っぽい物音でこれは来るなと思ったところに、1回ドンと揺れて終わった。

iPhoneの緊急地震速報が鳴らなかったのは、昨年の豪雨で小豆島の土砂災害情報で眠れなかったのでスイッチを切ったままであったことを思いだし、反省。

9:30より、高速を利用して1時間弱の香川県西部の方でとある試行工事の下打合せ。産官学で打合せをした。これまで、一同顔を合わせたのは1回切りだったので、もっともっと本音の共有が必要であり、来週スタートに向けての、ギリギリのタイミングだったように思う。施工者の全面協力で成り立つ今回のプロジェクトであるため、施工者の過度な負荷にならないように、調整が必要である。そういう意味で、私が暴走するところを実際に指摘いただけたことは嬉しい。それができるのはこうやって膝をつき合わせたときにしかできない。

全員で、近くのボックスカルバートで表層目視評価法のデモンストレーションを急ぎ足で行い、高専に戻る。往復の間、ずっと、NHKのテレビの地震報道の音声を聞いていた。

学校に戻り、10分の休憩も無いまま、午後1つだけ講義。

講義を終えて、香川大学へ移動。委員会報告会・シンポジウムに1時間遅れで到着。私は表面吸水試験について発表。100名程度の参加があった。四国には、ユニークな表層品質の測定手法を開発する研究者が多い。

ということで、本日も分刻みのスケジュールで、東に西に、という1日だった。夜は委員会メンバーと懇親会。

産みの苦しみ、と思いながら、色々なプロジェクトも動き出し、少しずつよりよい方向へ変わってきていることを実感。

四国でのコンクリートの品質確保に関する近況など

色々と動きがありすぎて、書き切れないのであるが、書かないと他人から見たら何もやっていないように見えるので、書く。こまめに書くことの効果は、頭ではわかっているが実践できていないのが課題。 7月4-6日 日本コンクリート工学会(JCI)年次大会in神戸 への参加。学生コンペ(キン...