H形鋼の曲げ載荷試験、トラス橋のひずみ測定、ゲルバー梁の影響線測定、の3テーマがあり、私はゲルバー梁を担当している。
ゲルバー梁がわからない読者に解説すると、ゲルバーというある特殊な形をした、長さ2m位の橋の模型に力を与えて変形などを測定するものである。
基本的にはやり方が確立されている実験なので、私は昨年度と同様に装置をセッティングして、後は学生にやらせればよいだけである。この実験装置は代々引き継がれているそうだ。この高専出身の先生も同じことをやった、というくらいの年代物のようである。
初回の載荷でトラブルが起きた。載荷中に、梁が降伏してしまったのである。
影響線を求めるため、一定荷重(今回は2トン)について、載荷位置を徐々に移動させて計測するという実験である。学生は2トンの数字を見ながら、これ以上はかけていない。しかし、結論から言うと、私がデータロガーの荷重の係数を間違えており、実際には表示の4倍程度の荷重をかけてしまったものである。2トンのところを、実際には8トンかけていた。
どおりで、手動でジャッキの力も結構なもので微調整するのが大変だったことと、載荷フレームもギシギシ音が鳴っていた。
失敗学的に振り返ってみる。
<経緯>
1)実験のレジュメには、たった数行の文章で書かれた荷重の係数の値が記載されていた。昨年まで使っていたデータロガーのメモリ内に残っている係数もあった。しかし、その2つの値が相違していた。前年の担当者も、ずっとデータロガーを使ってきていて、係数を入れたことは忘れており、それ以上のことはわかっていない。
2)ロードセルの係数表は、あまりに古くて、担当者が変わっていて、存在しない。
3)データロガーの昨年の係数をそのまま使おうとして、係数の一覧を見たら、ひずみゲージの係数が1になっていて、変位計の係数もあるチャンネルはまったくおかしな値が入っていた。
4)これは、途中で他人が別の値を入れてしまったので変更されているものと判断した(その判断が一部間違っていた)
5)レジュメをもとに、レジュメの係数が正しいものとして、データロガーの係数を入れなおした。ゲージファクターも入れた。
6)ゲルバー梁以外の2つの実験のレジュメを後で確認したら、ひずみゲージの係数は1で入力しておき、データ整理の際に 2/GF をかけてデータ処理させていることに気づいた。
7)そのため、それらと合わせるために、係数を1に直した。この際、データロガーに残っていた1というのは、間違いではなく、上書きもされていないことがわかったが、他にもデータがおかしいチャンネルが(1か所だけ)あるため、ロードセルの値まで変更したことに、疑義を感じなかった。
8)その判断が甘かったのは、実は、直前にデータロガーの準備をしたためで、色々と考える余裕がなかった。
9)自分自身はこれまでは、係数の根拠の明確でないものを使う際には、必ず別のロードセルでチェック、既存の実験との比較でチェック、理論値との比較でチェック、などのどれかは行っていたものの、今回は時間がなかったことや、新しい環境でそのような実験ができなかったことで、スルーしてしまった。ただ、頭の中にはもやもやが残っていた。
<失敗を回避できたかもしれないいくつかのきっかけ>
1)時間とやる気さえあれば、メーカーに問い合わせてロードセルの係数を調べることができた(実際、失敗後に問い合わせたら1時間でわかった)
2)ロガーに残っていた係数と、レジュメに載っていた係数が合致しない場合、どちらかを使うかと考えると、あくまでも壊さないという安全を見たら、両者の中で絶対値が大きいもの(安全側になる)を採用する、という選択肢もあったが、考え付かなかった。まったくでたらめの値があると思い込んでしまったが、実際には4倍程度だった。指数で書かれていたので、両者の比較が頭の中で簡単にできなかったのである。
3)曲げモーメントの小さな段階から載荷を始めているので、昨年のデータ(提出されたレポートがある)と対比させれば、早い段階で異変に気づいたはず。ただし実験が始まっても載荷準備が遅れており、載荷を急ぎたいという考えが浮かんでしまい、いちいちチェックをするまで手が回らなかった。
4)自分以外の実験のレジュメも事前によく確認しておけば、この実験ではゲージの係数は1でデータ取得を行い、後でレポート処理時に係数をかける、ということがわかったはずである。わかった後であれば、ひずみゲージ部分のデータロガーの係数が間違っているとは判断しなかったはず。よって、一部の変位計の係数が相違しているのを見ても、全体が間違っている、という印象は持たなかったはずで、荷重が正しいかどうか時間をかけて考えたはずである。
上記の、いくつか回避できたはずのイベントを乗り越えて失敗が起こったことは、安全衛生の分野では、スイスチーズ理論と言う。
<ついでに学んだこと>
1)H形鋼が降伏する際、純引張部の黒皮が、斜め45度方向に模様ができて剥げた。力の流れがよくわかることを再確認。鉄筋以外の鋼自体の載荷をしたのは、10年以上ぶりであった。
2)ゲルバーのヒンジ部を、穴に通したボルトのピン結合としていたが、ピン自体の塑性変形と、ピン穴の局部降伏が起こった。降伏した部分の塑性変形は、面内と面外に分散して、真円がいびつな形となった。コンクリートの破壊パターンは頭に入っているつもりだが、鋼については経験が少なく良い経験となった。忘れることはないだろう。FEMで再現解析をして確かめてみたい。橋梁の調査にも役立つと信じている。
<リカバリー>
1)降伏した箇所の残留ひずみについては、そのままにしてよいと判断。幸い、計測断面は離れており、その位置においては弾性範囲で、ひずみゲージの安定性も変わっていない模様。
2)ヒンジ部が破壊。添接版は溶接されていてすぐに直すことができないため、これまで10mmの穴だったものを12mmに全体をあけなおして、12mmのボルトのピンを入れることで対処。
3)改めてロードセルの製造メーカーに問い合わせ、過去の成績表を調べてもらったら、値が判明した。それを計算すると、昨年使っていた値とは0.2%の差に収まったので、昨年は正しかったことがわかった。今回はR社であったが、よくぞ古い成績表まで保管してくれてくれた。前に同様のことで問い合わせたら過去のデータはないと言われたK社とは違う。レジュメのロードセルの係数はずっとでたらめであったことがわかったので、改訂する。
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