2012年1月26日木曜日

理解

昨日、土木学会に向かう途中の電車内で、学生から電話があり。不適切な操作により試験装置が動かなくなったという。私の中では、その内容は頻出であったので、あまり驚きはなかった。原因は2つ考えられて、片方なら復旧は簡単で、片方の場合程度によっては復旧できるものと非常に復旧しにくいものに分かれる。

移動中だったので、乗り換えの駅ごとに短時間の電話でヒアリングしながら、上記のどれに属するのかをチェックした。結果として、すぐに復旧できる方だと分かり、復旧の指示を出して、短時間で直った。

研究室で実験や安全を管理する立場の私としての総括は、なんだろうか。

1)その部分は、人間の操作が間違うと不具合が起きるものであり、それを防ぐには人間が気を付けるしかない。つまり、管理安全であり、本質安全ではない。機構上、本質安全へ改善できる性質のものではないので、管理安全をいかに徹底するかが問題。

2)管理安全ではあるが、今回の場合、1つのミスでは最悪のものにはならない。1つめの操作をきちんとしておけば、不具合が起きても、前述の致命傷には至らない。よって、その1つめの操作をきちんと行えるように教育すべき。これまでの経験から、1つめの操作すら知らない学生は多いようだ(その場合、実験はうまくいかないので気づくが、その間に上記の失敗が起きる抜け道があるのが怖い)。

3)仮に不具合が起きた場合、原因の調査は単純であり、復旧の仕方は致命傷を除いてそれほど難しくない。現状では、操作手順書を作って、それを書きこんであるが、必ずしもわかりやすい状態ではないように思う。

4)そもそも、その手順書の存在は、全員が知っているわけではない。手順書の存在を周知することと同時に、あることをうっかり忘れたとしても気づく方策が必要。例えば、装置の本体に手順書があるとの表示をする。

5)プレゼンと同じだが、手順書は書いてあるという最低限はもちろん、ちょっと見ただけでも重要なところは理解できるようにしなければならない。多少、記述の強弱は必要だろう。

6)そもそも、機構を知らずに装置を使いこなしている気になるな、という教育をする。解析ツールにしろ、実験装置にしろ、人間がある目的で作って、そのようにしか動かない。ブラックボックスで使うことの怖さを知る。原理がわかれば、何を気を付ければよいかが、たとえ人から聞かなくてもわかる。失敗に遭遇しても、その対処がわかる。


ちなみに、上記の電話をしながら、途中電車を乗り継ぎ、やっと土木学会目前というところで、その委員会WGはその日に限り東大キャンパスで行われていることに気づいた。失敗。


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今日、1日中、実験に立ち会っていた。こういう長時間は、年に数回くらいしかない。常時ではなかったので、立ち合いのない時間は、以前から懸案になっている重量物の運搬をクレーンで行うなど、普段しないことに従事していた。ずっといると、学生の実験の様子も見えてきて、いろいろ気づかされることもある。

一番多いのは、あれ?、と思う装置の使い方。聞いてみると、勝手にそう思っていた、前任者からそう聞いている、など。本質からずれているのもあった。結局のところ、引き継ぎがうまくいっていないことや、そもそも一般的な機械なのでわざわざ引継ぎされずに、口頭で伝授されているものだったりした。前述のように、機構を理解せず使っているがために、本来間違いようがないことを間違えている例もあった。

実験の精度にも関わるし、安全がないがしろになってたとしたら怖い。

確か、その装置は、昨年3月に、研究室で最近話題になっている、「引き継ぎ会」が行われているはずだ。その内容が貧弱だったのか、そこで撮影されたビデオなどが生かされていないか、のどちらかとは思うが。もしかして、上記に書いたように、引き継ぐ本人が本質を理解していないがために、引き継ぎも表面的になっていたのではないか。

人間はモチベーションを高めないと、動けない。当初は動けても継続しない。私が機械に詳しいことの本質は、機構を知らずにツールを使うことの怖さを良く知っていることだと思う。細かいことが好き、ということよりも、そっちが根底にあると思っている。

この辞書が各人にあるかどうかで、行動は雲泥の差があるように思える。教育としては、その辺が本質だろうか。ある装置がどういう機構で動いているという個別の話は、後からついてくることで、どうでもいいと思う。

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