今日は土曜日であるが、香川高専土木の同窓会(会の名称を、紫美留会(しびるかい))の総会と桜下会(おうかかい、本日のイベントの名称)に参加。
短時間で総会を終え、その後は現役4年生を囲んで就職に関するアドバイスの交流会といったもの。建設、コンサル、公務員、進学などのブースに分かれて、概要説明や質問に答える。私は大学進学(編入学)に関して、進学のブースに参加して説明を行った。
これまでは、大学で、高専生を3年次編入試験や専攻科を修了した学生の大学院入試で受け入れる側だったので、今度は送り出す側となった。研究室に配属していない学生も、進路を決めなければならない時期で、大変だと思うが、参考になったであろうか。この会は、桜下会といい、例年は3月末の、桜の開花時期に行っていたのを、最近は就職活動時期にマッチするように、時期を変更したという。
私は横浜国大土木の同窓会活動に12年携わってきたので、会をどういう風に運営すべきか、一つの例を知ることができた。横国にもフィードバックしたいし、その逆もしたい。横国に比べ、OBが現役学生に対して積極的にインプットしようとしている、という印象は持った。この会の特徴なのか、単に年齢差(就職活動や進路決定の開始は、大学に比べ高専の方が2年若い)が大きいから、面倒を見たくなる心情なのだろうか。
昼は、事前に近くのうどん屋からうどん玉を買ってきて、大なべに湯を沸かして、コンクリート実験室がセルフうどん屋さんになって、全員でうどん会。140玉用意しているという。学生とも交流しながら、勧められて結局2杯食べた。
最後は、1時間ほど、現役対OBのソフトボール大会。私はOB側に入って、セカンドを担当。球技のプレーは苦手で、ソフトなんて10年以上ぶり。筋トレはしているが、普段走っていないし、キャッチボールもしていない。体がギシギシ言いながら、プレーして、11対12でOBの勝利。OBの方は、社会人野球をやっている人半分、それ以外の久しぶりに体を動かす人半分、といった感じ。当初進んで手を挙げたわけではなかったが、とにかく体を動かしたことが清々しく、正直言って楽しかった。春の陽気に気分爽快。そのせいで、夜はちょっと首が痛くなったけれども。
学科の建物(建設環境工学科棟なので、ケンカントウ)の前は、桜の木が植えられている。横浜国大の土木棟と同じだ。日に日につぼみが膨らんでいる。開花までもうすぐだ。
2013年3月9日土曜日
2013年3月8日金曜日
約束
腰痛というのが持ちネタのようになっていた時期があるが、現在は全く不安なく生活している。
横浜で行きつけの整骨院のO山先生(同年代か年下)には、数年来診てもらっていた。私は、痛くなったらO山先生のもとに通って、痛くなくなるとすぐに行かなくなって、という、対処療法の、悪い患者であった。その先生だけは信頼しており、波長が合うというか、身をゆだねることができた。あるとき、その先生の治療を分析すると、ある一つの筋が凝り固まっているのが、腰痛の正体であることがわかり、いつしか自分で治療できるようになってきた。自己流の治療もたまに外れる時があって、その際には、お世話になっていた。一般論であるが、先生曰く、解決するためには結局は筋力をつけること他ならないという。しかし、モチベーションがないものはいくらやっても続かない。
以前から、雑談の中で私が転職する予定であることは話していたが、いざ私の香川高専への赴任も決まったのちの、12月ごろに腰が痛くなって訪れた。すると、O山先生も、来年春に独立開業することでちょうど年内で退職するとのこと。お互いライバルのように一方的に感じていたので、とても嬉しくなるとともに、3月から先生に診てもらえなくなるのが、2か月早まったことに焦りを感じた。赴任先でまた腰が痛くなったらどうしようか、という漠然とした不安はあった。
それで、12月下旬から、腹筋、背筋、腕立て伏せを50回、毎日行うことにした。モチベーション維持のために、iPhoneの腹筋アプリを購入して、リマインドしてもらうようにした。当初は、本当にきつかった。途中何度も休みながら、やっとのことで終えた。
1週間で効果が出てきたのがわかった。腰が軽くなった。1か月はほぼ休みなく出来て、2か月目は、退職最終月ということで、2日に1回は飲み会があるという状況だったので、飲んだ日の夜はできないこともあったが、それを除くと何とかほぼ毎日継続的にできて、今3か月目に突入している。正直、続いたのが驚いているが、これも、O山先生との約束でもあるし、自分が新しい環境で健康的にやっていくための必須事項と思っている。
それ以来、腰痛は、皆無である。継続は力なり。
ずっと大丈夫だったのに、12月に腰が痛くなったのは、O山先生から開業と退職の話を聞くためであった、としか思いようがない。腰が痛くなるのが1月であれば、先生に会えなかったし、話も聞けなかった。村上春樹の「海辺のカフカ」にも書かれている通り、必然だった、のだろう。運命的なものを感じている。
横浜で行きつけの整骨院のO山先生(同年代か年下)には、数年来診てもらっていた。私は、痛くなったらO山先生のもとに通って、痛くなくなるとすぐに行かなくなって、という、対処療法の、悪い患者であった。その先生だけは信頼しており、波長が合うというか、身をゆだねることができた。あるとき、その先生の治療を分析すると、ある一つの筋が凝り固まっているのが、腰痛の正体であることがわかり、いつしか自分で治療できるようになってきた。自己流の治療もたまに外れる時があって、その際には、お世話になっていた。一般論であるが、先生曰く、解決するためには結局は筋力をつけること他ならないという。しかし、モチベーションがないものはいくらやっても続かない。
以前から、雑談の中で私が転職する予定であることは話していたが、いざ私の香川高専への赴任も決まったのちの、12月ごろに腰が痛くなって訪れた。すると、O山先生も、来年春に独立開業することでちょうど年内で退職するとのこと。お互いライバルのように一方的に感じていたので、とても嬉しくなるとともに、3月から先生に診てもらえなくなるのが、2か月早まったことに焦りを感じた。赴任先でまた腰が痛くなったらどうしようか、という漠然とした不安はあった。
それで、12月下旬から、腹筋、背筋、腕立て伏せを50回、毎日行うことにした。モチベーション維持のために、iPhoneの腹筋アプリを購入して、リマインドしてもらうようにした。当初は、本当にきつかった。途中何度も休みながら、やっとのことで終えた。
1週間で効果が出てきたのがわかった。腰が軽くなった。1か月はほぼ休みなく出来て、2か月目は、退職最終月ということで、2日に1回は飲み会があるという状況だったので、飲んだ日の夜はできないこともあったが、それを除くと何とかほぼ毎日継続的にできて、今3か月目に突入している。正直、続いたのが驚いているが、これも、O山先生との約束でもあるし、自分が新しい環境で健康的にやっていくための必須事項と思っている。
それ以来、腰痛は、皆無である。継続は力なり。
ずっと大丈夫だったのに、12月に腰が痛くなったのは、O山先生から開業と退職の話を聞くためであった、としか思いようがない。腰が痛くなるのが1月であれば、先生に会えなかったし、話も聞けなかった。村上春樹の「海辺のカフカ」にも書かれている通り、必然だった、のだろう。運命的なものを感じている。
2013年3月7日木曜日
喫茶店
本日は、前から予定されていた、採用時健康診断。町中の病院で受ける。私が通った高校は県庁の2つ隣という町なかなので、そのすぐ近く。18年のタイムラグはあるが、不思議な気分である。
健康診断後、朝食を抜いてきているので、近くの喫茶店に入り、モーニング。チェーン店ではない、昔ながらの喫茶店。エスプレッソマシンでない、サイフォン式のコーヒー。学生時代に来たことがあるかどうかは覚えていない。横浜では、ほとんどの喫茶店はなくなってしまい、廃業か、ドトール、ベローチェなどのチェーン店になっている。ほっと一息つける喫茶店とはこのことで、独自のランチメニューもやっている。
その後、市役所に行って、各種手続きを一通りすると、1時間以上かかった。これで、やっと、高専へ提出する事務書類も揃った。
なんだかんだとお昼の時間になったので、高専に行く前に、近所の別の喫茶店で、ランチ。最近、魚ばかりでヘルシーにやってきたので、ガッツリと生姜焼き定食。喫茶店のちょっと味の濃い、手作りの料理は、懐かしさを感じる。
周囲を見渡すと、喫茶店ばかりのような気がする。ただし、たばこが分煙でないのは、何とかならないものか。高松市内全般として。
午後、印刷屋さんから届いた名刺の校正をしていて気づく。暫定的に一昨日プリントした名刺は、高専の英語表記が間違っていた。CollegeがCollage(無関係なものを組み合わせて芸術化する画法の一種)になっていた。すでに10枚以上配ってしまった。orz
香川高等専門学校は Kagawa National College of Technology だ。
健康診断後、朝食を抜いてきているので、近くの喫茶店に入り、モーニング。チェーン店ではない、昔ながらの喫茶店。エスプレッソマシンでない、サイフォン式のコーヒー。学生時代に来たことがあるかどうかは覚えていない。横浜では、ほとんどの喫茶店はなくなってしまい、廃業か、ドトール、ベローチェなどのチェーン店になっている。ほっと一息つける喫茶店とはこのことで、独自のランチメニューもやっている。
その後、市役所に行って、各種手続きを一通りすると、1時間以上かかった。これで、やっと、高専へ提出する事務書類も揃った。
なんだかんだとお昼の時間になったので、高専に行く前に、近所の別の喫茶店で、ランチ。最近、魚ばかりでヘルシーにやってきたので、ガッツリと生姜焼き定食。喫茶店のちょっと味の濃い、手作りの料理は、懐かしさを感じる。
周囲を見渡すと、喫茶店ばかりのような気がする。ただし、たばこが分煙でないのは、何とかならないものか。高松市内全般として。
午後、印刷屋さんから届いた名刺の校正をしていて気づく。暫定的に一昨日プリントした名刺は、高専の英語表記が間違っていた。CollegeがCollage(無関係なものを組み合わせて芸術化する画法の一種)になっていた。すでに10枚以上配ってしまった。orz
香川高等専門学校は Kagawa National College of Technology だ。
2013年3月6日水曜日
一期一会
今日は、京都出張。高専-土木研究所の連携した、橋の老朽化対策の研究会の会合が京都大学の楽友会館である。
家を8時半に出れば、11時には京都に着けるので、思ったより近いことを実感。これも、鉄道と道路の併用した瀬戸大橋があればこそ。家を出ると、朝から、もやがかかったかのよう。黄砂が飛んでいるらしい。京都に出ても、同じようで、タクシーの運転手も、最近は黄砂とPM2.5の影響か、山がかすむといっている。
昼から会議で、それぞれの委員の活動報告と、外部講師の招待講演。鋼-コンクリートの両方の話題が飛び交うが、前者はこれまで専門としなかったので、ついていけないところもある。鋼構造分野の講義も担当しているから、海綿のように吸収していきたい。
新参者であるが、私を知っていただくことが重要で、意識的に質問やコメントをするように心がける。幸い、コンクリートの分野の先生は少ないのか、私だけが知っている関連知識を披露したところ、いくつかの反応があって安心している。井の中の蛙ではだめで、高専のつながりであっても、高専の外部に使える情報があれば真摯に学んでいく必要があるだろう。その逆もある。そのために、高専外から、高専へ来た私の意義があると思う。
帰りには、1時間ほど、京都の町を駅に向かって歩きながら、参加者と会話。うまく、かどうかはわからないが、私しか知らない情報を相手に魅力的にPRするように、心がける。一期一会を無駄にしないこと。すべては繋がってくるはず。
わが、香川高専の嘉門校長は、土木出身で、京都大学の名誉教授ということもあり、今回の会議を、京大の楽友会館に設定されたと聞く。
大正時代に作られた当時としてはモダンな造りは、今でも一切色あせていない。ゆったりとした時間が流れている。
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/profile/intro/facilities/kyoshokuin/rakuyu/
終了後、嘉門先生に連れられて、京大の学内を案内いただいた。歴史館がオープンしたようで、これも素晴らしい。出張の機会は減るとは思うが、その代わり、会議でピンポイントの往復にならないようにしたいと、今回のオプションツアーで感じた。
帰りは新幹線で駅弁を食べながら、帰路につくと、旅の疲れがどっと出てすぐに就寝。
家を8時半に出れば、11時には京都に着けるので、思ったより近いことを実感。これも、鉄道と道路の併用した瀬戸大橋があればこそ。家を出ると、朝から、もやがかかったかのよう。黄砂が飛んでいるらしい。京都に出ても、同じようで、タクシーの運転手も、最近は黄砂とPM2.5の影響か、山がかすむといっている。
昼から会議で、それぞれの委員の活動報告と、外部講師の招待講演。鋼-コンクリートの両方の話題が飛び交うが、前者はこれまで専門としなかったので、ついていけないところもある。鋼構造分野の講義も担当しているから、海綿のように吸収していきたい。
新参者であるが、私を知っていただくことが重要で、意識的に質問やコメントをするように心がける。幸い、コンクリートの分野の先生は少ないのか、私だけが知っている関連知識を披露したところ、いくつかの反応があって安心している。井の中の蛙ではだめで、高専のつながりであっても、高専の外部に使える情報があれば真摯に学んでいく必要があるだろう。その逆もある。そのために、高専外から、高専へ来た私の意義があると思う。
帰りには、1時間ほど、京都の町を駅に向かって歩きながら、参加者と会話。うまく、かどうかはわからないが、私しか知らない情報を相手に魅力的にPRするように、心がける。一期一会を無駄にしないこと。すべては繋がってくるはず。
わが、香川高専の嘉門校長は、土木出身で、京都大学の名誉教授ということもあり、今回の会議を、京大の楽友会館に設定されたと聞く。
大正時代に作られた当時としてはモダンな造りは、今でも一切色あせていない。ゆったりとした時間が流れている。
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/profile/intro/facilities/kyoshokuin/rakuyu/
終了後、嘉門先生に連れられて、京大の学内を案内いただいた。歴史館がオープンしたようで、これも素晴らしい。出張の機会は減るとは思うが、その代わり、会議でピンポイントの往復にならないようにしたいと、今回のオプションツアーで感じた。
帰りは新幹線で駅弁を食べながら、帰路につくと、旅の疲れがどっと出てすぐに就寝。
2013年3月5日火曜日
卒研発表
着任2日目は、5年生の卒業研究の審査会。
タイムキーパー担当であったが、ノートPCの学会タイマーがうまく動かず、スマホのタイマーを
使ってアナログで何とかこなす。
前任校の横浜国大では、発表6分+質疑3分であったが、ここでは発表10分+質疑5分。たっぷり発表する代わりに、2会場に分けての審査会ということで、半分の発表は聞くことができなかった。
それぞれ、長所短所はあるので、まずは違いを噛みしめつつ、本質を見極めていきたい。
詳しくは書けないが、大学4年の卒論と、高専5年(大学でいう2年次)とでは、異なる。どっちが優れているという単純な話ではなく。3月着任ということで、専攻科2年(大学でいう4年次)の発表には立ち会えなかったが、卒研生を見ることができたのは、何にもまして、高専を知る上でのよい引き継ぎとなった。
午後は会議と事務書類作成でまたもや気づくと夜。
名刺は、横浜国大と同じく、とくに支給されるわけではなく、自分で作る必要があったので、印刷業者を紹介いただいて、学科内の他の先生の名刺を参考に発注。ただし、明日は、京都出張のためにどうしても名刺がいるので、持参しておいたミシン目入りのカードで自己印刷。何とかできた。
溜まった洗濯物を処理するために、昨日目星をつけたコインランドリーへ。その待ち時間に、夕食を済ませるようにするが、結局、ゆめタウン内の、大戸屋へ。野菜も魚もバランスよく採れるので、単身赴任にとっては、最適であろう。ゆめタウン、4日連続となった。
タイムキーパー担当であったが、ノートPCの学会タイマーがうまく動かず、スマホのタイマーを
使ってアナログで何とかこなす。
前任校の横浜国大では、発表6分+質疑3分であったが、ここでは発表10分+質疑5分。たっぷり発表する代わりに、2会場に分けての審査会ということで、半分の発表は聞くことができなかった。
それぞれ、長所短所はあるので、まずは違いを噛みしめつつ、本質を見極めていきたい。
詳しくは書けないが、大学4年の卒論と、高専5年(大学でいう2年次)とでは、異なる。どっちが優れているという単純な話ではなく。3月着任ということで、専攻科2年(大学でいう4年次)の発表には立ち会えなかったが、卒研生を見ることができたのは、何にもまして、高専を知る上でのよい引き継ぎとなった。
午後は会議と事務書類作成でまたもや気づくと夜。
名刺は、横浜国大と同じく、とくに支給されるわけではなく、自分で作る必要があったので、印刷業者を紹介いただいて、学科内の他の先生の名刺を参考に発注。ただし、明日は、京都出張のためにどうしても名刺がいるので、持参しておいたミシン目入りのカードで自己印刷。何とかできた。
溜まった洗濯物を処理するために、昨日目星をつけたコインランドリーへ。その待ち時間に、夕食を済ませるようにするが、結局、ゆめタウン内の、大戸屋へ。野菜も魚もバランスよく採れるので、単身赴任にとっては、最適であろう。ゆめタウン、4日連続となった。
2013年3月4日月曜日
高専初出勤
香川高専へ初出勤。朝から、校長先生から辞令交付を受け、ついにこの日が来たと実感し、改めて身が引き締まる。
その後、事務手続き関係の説明を、複数の担当者から受け、自分の研究室へ。なんだかんだで昼食の時間。高専は既に講義時期は終わり、残すは5年生の卒業研究発表会を明日に控えた段階で、食堂や売店はクローズ。結局、高専の外に出て、うどん屋で食事。毎日うどんでも生きて行けるけれど、栄養のことも考えなければ。ちなみに、ここが、今回の引っ越し後初さぬきうどん。
午後は、学科の会議で、着任の挨拶。その後も会計システムの説明を受け、各種書類を書き終わった段階で、勤務終了時間を迎える。ここからが、自分の時間で、郵送していた段ボールを開き、とりあえず棚に収納し、それからメールの処理に取り掛かる。ゆっくりと机に向かう時間はなく、まだ、転勤のご挨拶も送れないまま、初日の勤務を終える。
さて、夕食は、帰り道の幹線道沿いの店で済ませる。明日の朝食や、靴にトラブルがあり靴を買うために、またゆめタウンへ。20時を過ぎても、靴が買えるのは、ゆめタウン高松。ゆめタウンのまわしものではない。引っ越して、毎日来て、ゆめタウン率100%を継続中である。便利なのだけれども、果たしてこれでよいのだろうかと、一方で思う。高松の商店街の発展とトレードオフでもあるが、地元を応援したい気持ちはあるが、生活のためには、利用しないとやっていけない側面もある。その筋について、学科内でもかかわっている先生がいるので、ぜひ勉強をしてみたい。別の面は、冷蔵庫とテレビがない牧歌的と思いながら、車に乗って夜に買い物をするという矛盾も。
一人生活で、かつ冷蔵庫がない、というのは、どうなるかと思ったが、気持ち次第で何とでもなりそうである。とはいえ、健康的な食生活を心がけたいので、とってつけたように、ミカンとトマトを買ってきた。冷蔵庫があれば、ついそのままになって腐らせたこともあったが、冷蔵庫がないと常に意識しなければならない。むしろ、その方が牧歌的だが、健康的なような気もする。
洗濯機もないので、コインランドリーを探しているが、まだ立地が良い所を見つけられていない。小規模なところは、ネットで検索しても出てこないので。
今日は事務手続きが殆どの一日だったが、明日からが実質的なスタートである。
その後、事務手続き関係の説明を、複数の担当者から受け、自分の研究室へ。なんだかんだで昼食の時間。高専は既に講義時期は終わり、残すは5年生の卒業研究発表会を明日に控えた段階で、食堂や売店はクローズ。結局、高専の外に出て、うどん屋で食事。毎日うどんでも生きて行けるけれど、栄養のことも考えなければ。ちなみに、ここが、今回の引っ越し後初さぬきうどん。
午後は、学科の会議で、着任の挨拶。その後も会計システムの説明を受け、各種書類を書き終わった段階で、勤務終了時間を迎える。ここからが、自分の時間で、郵送していた段ボールを開き、とりあえず棚に収納し、それからメールの処理に取り掛かる。ゆっくりと机に向かう時間はなく、まだ、転勤のご挨拶も送れないまま、初日の勤務を終える。
さて、夕食は、帰り道の幹線道沿いの店で済ませる。明日の朝食や、靴にトラブルがあり靴を買うために、またゆめタウンへ。20時を過ぎても、靴が買えるのは、ゆめタウン高松。ゆめタウンのまわしものではない。引っ越して、毎日来て、ゆめタウン率100%を継続中である。便利なのだけれども、果たしてこれでよいのだろうかと、一方で思う。高松の商店街の発展とトレードオフでもあるが、地元を応援したい気持ちはあるが、生活のためには、利用しないとやっていけない側面もある。その筋について、学科内でもかかわっている先生がいるので、ぜひ勉強をしてみたい。別の面は、冷蔵庫とテレビがない牧歌的と思いながら、車に乗って夜に買い物をするという矛盾も。
一人生活で、かつ冷蔵庫がない、というのは、どうなるかと思ったが、気持ち次第で何とでもなりそうである。とはいえ、健康的な食生活を心がけたいので、とってつけたように、ミカンとトマトを買ってきた。冷蔵庫があれば、ついそのままになって腐らせたこともあったが、冷蔵庫がないと常に意識しなければならない。むしろ、その方が牧歌的だが、健康的なような気もする。
洗濯機もないので、コインランドリーを探しているが、まだ立地が良い所を見つけられていない。小規模なところは、ネットで検索しても出てこないので。
今日は事務手続きが殆どの一日だったが、明日からが実質的なスタートである。
2013年3月3日日曜日
かながわからかがわへ
フェイスブックの方へは、フェリーの長旅についてリアルタイム報告はしていたのですが、ブログの方へは香川に来て初めての投稿になります。
3/4から、香川高専での新しい職場が始まるのですが、家族の引っ越しまでの2週間、新しい家で単身赴任となります。
+++++++++++++
日本中に吹いた春一番のお蔭で、フェリーは大きく揺れましたが、特に船に酔わずに四国にたどり着きました。3/2(土)の夕方に高松の自宅に着いて、車に目いっぱい詰め込んだ自分の荷物を下ろすのに、約10往復。新居にはまだ暖房も設置されておらず、分解して運んだ机やPCを組み立てる。夜、家電量販店で目当ての物も買ってから、タオルを持ってきていないことに気づいたのが20時過ぎ。お店で尋ねると、この時間にタオルが買えそうなのは、「ドンキホーテ」と「ゆめタウン高松」。迷わず後者へ。ゆめタウン高松は、自宅と高専の中間点に位置する。ゆめタウンの建設が、高松の商店街を潰した、とまで言われたショッピングモールのゆめタウンですが、私が高松に住んでいた18年前はまだできる前。今回初めて、タオルを買いにゆめタウンへ。22時まで、食料品コーナーだけでなく、ブランド品の店も(たぶん)開いている、のは、驚き。横浜でも、あまりないでしょう。イオンとかも、最終まで開いているのは食料品コーナーだけだったような。とにかく目当ての物が買えて、自宅で風呂に入って就寝。
翌日は、引っ越しに伴い、朝から、注文していた家具の搬入やエアコンの設置のために、終日、家で受け入れます。終日受け入れでは一歩も外に出られないとのことで、徳島に在住する私の両親のうち、母が手伝いに来てくれています。朝一番でトラブルがあり、背の高い190cmの本棚が、玄関と廊下を通らないトラブルが発生。外に面する部屋だったので、いそいそと鉄格子と窓を外して、何とか運び入れてもらって解決。オーダーしていたカーテンは、なぜか白いレースが、1枚だけ黒いレースで仕上がっており、明らかに店側のオーダーミス。そんなこんなで、一日かけて休む暇なく、家の構築が終わりました。
夜は、母と二人で食事しようと思っても、まだよくわかっていません。駅の繁華街に行けば空いているけれども車の駐車が面倒だったので、結局、再度ゆめタウン高松へ。中華料理にありつけました。昼まで、コンビニ続きだったので、高松に来て、初めてまともな御飯です。
2週間後に家の引っ越しを行うということで、今、家には冷蔵庫、洗濯機、テレビ、がありません。ラジオ位持って来ればよかったかなと思いつつ、インターネットはつながるので、ネットラジオをつけながら、生活しています。radikoは、関東の番組は関東圏しか聞けないので、たった3局です。ラジオ日経が2チャンネルと、放送大学。もっぱら、別の、NHKの第一放送を流しています。
明日は、ついに香川高専の初出勤日。
3/4から、香川高専での新しい職場が始まるのですが、家族の引っ越しまでの2週間、新しい家で単身赴任となります。
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日本中に吹いた春一番のお蔭で、フェリーは大きく揺れましたが、特に船に酔わずに四国にたどり着きました。3/2(土)の夕方に高松の自宅に着いて、車に目いっぱい詰め込んだ自分の荷物を下ろすのに、約10往復。新居にはまだ暖房も設置されておらず、分解して運んだ机やPCを組み立てる。夜、家電量販店で目当ての物も買ってから、タオルを持ってきていないことに気づいたのが20時過ぎ。お店で尋ねると、この時間にタオルが買えそうなのは、「ドンキホーテ」と「ゆめタウン高松」。迷わず後者へ。ゆめタウン高松は、自宅と高専の中間点に位置する。ゆめタウンの建設が、高松の商店街を潰した、とまで言われたショッピングモールのゆめタウンですが、私が高松に住んでいた18年前はまだできる前。今回初めて、タオルを買いにゆめタウンへ。22時まで、食料品コーナーだけでなく、ブランド品の店も(たぶん)開いている、のは、驚き。横浜でも、あまりないでしょう。イオンとかも、最終まで開いているのは食料品コーナーだけだったような。とにかく目当ての物が買えて、自宅で風呂に入って就寝。
翌日は、引っ越しに伴い、朝から、注文していた家具の搬入やエアコンの設置のために、終日、家で受け入れます。終日受け入れでは一歩も外に出られないとのことで、徳島に在住する私の両親のうち、母が手伝いに来てくれています。朝一番でトラブルがあり、背の高い190cmの本棚が、玄関と廊下を通らないトラブルが発生。外に面する部屋だったので、いそいそと鉄格子と窓を外して、何とか運び入れてもらって解決。オーダーしていたカーテンは、なぜか白いレースが、1枚だけ黒いレースで仕上がっており、明らかに店側のオーダーミス。そんなこんなで、一日かけて休む暇なく、家の構築が終わりました。
夜は、母と二人で食事しようと思っても、まだよくわかっていません。駅の繁華街に行けば空いているけれども車の駐車が面倒だったので、結局、再度ゆめタウン高松へ。中華料理にありつけました。昼まで、コンビニ続きだったので、高松に来て、初めてまともな御飯です。
2週間後に家の引っ越しを行うということで、今、家には冷蔵庫、洗濯機、テレビ、がありません。ラジオ位持って来ればよかったかなと思いつつ、インターネットはつながるので、ネットラジオをつけながら、生活しています。radikoは、関東の番組は関東圏しか聞けないので、たった3局です。ラジオ日経が2チャンネルと、放送大学。もっぱら、別の、NHKの第一放送を流しています。
明日は、ついに香川高専の初出勤日。
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