2012年10月24日水曜日

概念

最近はまっている猪瀬直樹のツイッターでの有名なフレーズは、「睡眠の貯金はできないが、借金は返すことができる」。

食いだめ同様に、寝だめはできない。できないことだけ見ると、特に学生時代に焼肉食べ放題に行った後などは、何と残念に思えたことか。しかし、たまった睡眠不足、疲れは、ある程度寝ることで回復できる。これまでに足りない睡眠時間の合計だけ全部眠らなければならないわけではない。借金なら、借りたものをすべてに加え、利子も必要となる。睡眠のこの概念は、当たり前だが、面白い。

工学系の研究者、教育者として思うことは、世の中にあるいろいろな概念(考え方、法則)等を適切に使うことができることが、良い研究につながるし、研究だけでなく人生を謳歌することにつながると思っている。

これは、私のコンクリート研の同期のI端も同じ考えのようで、大学院時代はよく議論していた。

例を挙げると、「平衡」という概念は、確か高校の化学で習ったものの、いろいろなところに応用できる。最近では、福岡伸一先生の動的平衡の本などでも紹介されいるが、常に動き続けているものが、あたかも止まって存在しているように見えること、である。(準備不足でうまい例をあがられないが)そのような考え方を獲得すると、あまい細かいことにこだわらないでも、結果オーライであれば、別にいいじゃないか、ということも思えてくる(要推敲)。


西堀栄三郎の技士道や、畑村洋太郎の失敗学、のような観点を取り込んだ、私が実践してきた技術者論、発明法、について、数年かけてトピックを挙げていき、末には本を書きたいと本気で思っている。

東名高速道路の調査

まず、NEXCOさんから、調査対象構造物の名前は出してよいという許可をいただいているので、その旨を書いておく。勝手に暴露するものではない。

昨日、我々の開発した表面吸水試験を用いて、東名高速道路の橋梁部の主桁の調査を行った。経年50年の実構造物を調査できるというのは、願ってもないチャンスであり、ここ数日は果たしてうまくいくか不安であった。というのは、我々の手法は、壁面、水平面上面に適用できると既に発表しているが、今回は適用部材外を測定することが必要であり、それをどうするかが問題であった。

それについては、実際には以前からの腹案があったので、調査実施を決断したのだが、時間がとれずに実際に開発に取り掛かったのは2日前であり、手持ちの部品を組み合わせて何とかプロトタイプを作ることができた。今回は、我々の得意とする手法の適用と同時に、プロトタイプをいきなり実構造物にトライする、という2つのミッションがあった。話せば長くなるが、いろいろとトラブルはあったものの概ね想定内で、満足する結果を得た。

学内にいると、なかなか実務上でのニーズをつかむことは難しく、実務者とのディスカッションによって実際の問題や、そのヒントを得る。あったらいいなと思っていた段階では、研究者の自己満足かなとも思っていて開発のモチベーションが得られなかったのだが、たまたま(というよりも、引き出す努力を続けた結果)、かなり強いニーズがあることが得られ、今回の開発につながった。


反省点はいくつかある。開発者として乗り込んだが、自分のことで手いっぱいのところがあり、同行した留学生を含む学生4人に対しては、今回の意義や、現場のことを適切に解説できただろうか。できる範囲では行ったつもりだが、まだまだ改善が必要と思う。私自身、この10年以上、現場でいろいろな話を聞き、周囲の方々に育てていただいた。現場調査で学生を帯同する際には、その恩返しを学生に対して行わなければならない。

大学生は、作業者ではない。現場調査(見学でない)の数については、日本でも多い部類の研究をしているが、現状では参加希望学生が手を上げすぎて困る、という状況になっていない。それは、やはりPRも足りないし、得られる(と学生が思っている)ものも天秤にかけてのことかもしれない。



さて、構造物の名前がどうこうというのは、私にとってはあまり重要ではない(有名であれば、それは何だかうれしいが)。しかし、私の研究活動を陰で支えてくれている、家族にとっては、実感がわく知名度が高い構造物を調査することは、非常にわかりやすい。表面吸水試験装置という名前は覚えてくれたが、それが何に役立つのかはまではよくわかってもらえない。でも、東名高速道路の調査をしたよ、というのは、家族にとってはとても分かりやすいシンボルである。


2012年10月8日月曜日

予防保全と事後対応

我が家の愛車は、新車から数えて8ヶ月である。無料6ヶ月点検を、昨日遅ればせながら実施したところ、ボンネットの塗装コーティングが割れているとの報告が。鉄板の腐食が始まるよりも、まだまだ前の段階であるが、表層にダメージを受けた状態であった。ガラス質のようなものが、直径2cmぐらいはがれている箇所が、3ヶ所ほど。

サービスマンに聞くと、付着した樹液が、太陽の熱を受けるとさらに熱を持ち(化学的なアタックは説明なし)、コーティングを破るという。土木工学棟の駐車場で樹液を受け、家に持ち帰り炎天下で促進養生が行われるというメカニズムであった。

購入前に、5万円プラスアルファで、ボディのコーティング(製造時しかプラスできない特殊処理)を勧められたが、色が汚くなっても構わない、と断っていたのだが、今回、もし直すとしたらボンネットを外して再塗装ということで5万円かかるという。予防保全は初期費用が高くても、トータルのライフサイクルコストは抑えられる、という、社会インフラの維持管理と同じことが、私の車でも起こっている。

とはいえ、桜の木の下に位置する土木棟の駐車場に停めることはしばらく続くし(車通勤をやめる予定は、先延ばしにしている)、そもそも、私の車に対する評価基準は、色や綺麗さは今回は重視せず、少なくとも10年、できれば15年は燃費ともども、走行性能は犠牲にせずに持ってくれることである。中古で売ることは現時点では考えていない。ボンネットに穴が開いて、結果としてエンジンに負担がかかるという最悪の事態を避けられれば、特に、気にしないという初期の思いを改めて思い出した。

先日、福島の日本大学の岩城先生が主催した橋梁の維持管理シンポジウムに参加したが、ある講演では、通常の橋梁は維持管理をして延命させるのが、15m未満の小規模橋梁は使い倒して架け替えたほうがトータルとして良いという話もあった。車に何を求めるか、方針がぶれてしまっては、結局、いろいろとお金を払ってしまうことになるので、気を付けなければ。

2012年9月15日土曜日

解決

何度も登場するが、表面吸水試験装置の現行バージョンの最終版の開発が佳境を迎えている。


4月のオランダ、7月のベトナムで測定した際に、一部で、原因不明のノイズが載ってしまい、困っていた。どうしても原因がわからない。ところが、先日ある人に相談して、その人のアドバイスも受けながら徐々に原因を絞っていき、一気に解決した。動作原理はわかっていたつもりだが、素人の私の解釈の間違いで気づいていなかった。こうやって、専門の人に聞くことが大事であることを改めて実感。
 知見1:シールド線は、アースに繋がずに浮かせておく。 これまで、シールド線を、装置内部のアースに繋いでしまっていたので、シールド部で拾ったノイズを内部に波及させてしまっていた。
 知見2:アース線が長いと、アース線自体がアンテナになってノイズを拾うことがある。その場合、アース線自体にも高周波除去を。

同時に、計測プログラムについても、先月から、PCを変えた環境でエラーが出ていて困っていた。これは、Windowsの問題だと思い、そうなると、プログラムの開発メーカーに聞くわけにいかないし、手も足も出ていなかった。ところが、今度はロガーを変えた別の環境でも不具合が生じることがわかり、そのことがヒントとなり、プログラムのメーカーのサポートも受けながら原因が断定できた。後は、その部分のプログラムを変更することで、何とかなりそう。でも、根本から構築し直さなければならないようで、間に合うかどうか。

その日の夜、学生から、緊急連絡。100トンの圧縮試験機からオイルが漏れているという。その場に居合わせた専門業者の方に診てもらい、すんなり原因が判明。オイルの回収のためのポンプに異常があると、オイルが溢れるという、頻出の不具合という。研究室内の装置のほとんどは基本原理はわかっていたつもりだった(多くの故障事例を経験してきたつもりだった)が、まだまだ知らないことに遭遇した。すぐに、業者に保守契約している業者に手配をして、2日後には完了した。この不具合を知ったことは、私の中での良い経験となった。
ただ、この件は、私に反省すべき点がある。今年度になって、動作時に、キュルキュルという擦れた異音がしていた。何度も、これはやばいのではないか思ったものの、実際に実験は動いていることと、実際に操作をしているのは自分でなかったこともあり、業者に連絡するのを失念していた。結局はその部分が徐々に劣化して、結果としてオイル漏れとなった。予防保全ができず、事後対応となってしまった。 失敗学で言う、原理原則はわかっているけれど、自分のことと捉えられない事例だった。
 知見1:耐圧試験機には、ラムに油を送り回収するという油の経路以外に、ラムから常時漏れる油を回収する経路がある。ラム自体にはシールは無く、常時油が漏れるという。
 知見2:その油の回収には、トロコイドポンプが使われている。→先ほどトコロイドポンプについて調べて、原理を理解した。
 知見3:今回は、トロコイドポンプが原因不明(多分ゴミが詰まった等)でギアが噛んでしまっており、そのため、ゴムベルトが滑って異音が出ていた。今回はポンプ部分を分解清掃しただけで、直った。

2012年9月9日日曜日

夏合宿に思う


 まず、今年の夏合宿は、紆余曲折はあったものの、学ぶべき人は深く学べたし、火をつけるべき人にそれなりに火をつけた、という点で、成功といえると思う。特に、合宿幹事の二人は、いろいろな困難に向かいながら、頑張ってくれたと思う。参加した学生も、今年にできる限りのことを実行してくれたように思う。素直にねぎらいの言葉をかけたい。

 今回、学生全体や、特に打ち合わせをしてきた幹事には、いろいろとアドバイス(傍から見たら、口出し)をしてきた。ただし、これは、短絡的に夏合宿の体裁が整うためのものと思われていたとしたら、意図は違うので、補足したい。(1)全体には伝わらなくても、良質の「場」を提供したいのでキャッチできる人だけにプラスアルファの情報を与えたい、ということと、(2)運営のマネジメント手法を学ぶということも目的にあったので、少なくとも林ならどうするかという姿を見せる必要があると思い、それを見せてきただけである。指摘したことを学生ができていないからどうこうと思ったことは、特にない。私の評価基準として、ミスをした・しなかった、ということや、具体的な見学対象(諫早、雲仙、原爆、など)を学べた、という個別のことは、どうでもよいのである。

 夏合宿の目的は、以前細田先生は、過去の合宿の場や、ゼミにおいて、目的を10個以上目的設定している、という話もあったが、私もそう思っている。全部書くと、弊害が大きいので、全部書くつもりはないが、多岐にわたる。
・前期ゼミの打ち上げ
・秀逸な見学をすることでの知識、経験、人間力の向上
・メンバーとの交流を深める(学生同士、教員と、留学生と)
・下調べを充分に行い、受動的でなく、能動的に学ぶ
・魅力的な合宿を構築することで、下級生や外部への研究室のPRを兼ねる
・資料の探し方のスキル向上
・幹事のマネジメント能力の向上
・幹事以外も含めた学生が主体的に動くための機会の提供
・そして忘れてはならないのは、単純に、見学や旅行を楽しむ。これが一番大事。
などなど、いろいろある。細かいこと、波及効果を入れれば、100個は挙げられるだろう。

 夏合宿を実施するためなら、手段(長距離、長期間)を選ばない、このような形式にコンクリート研究室の夏合宿を変えてきて、数年たつが、ある程度最適化されてくると、昨年同様であることが、目先の合宿の成功・不成功の判断になってしまって、昨年同様にすることが目的として固定してしまう。これは私が怖いと思っている点だ。昨年〇〇をしたから云々、というレベルの話には、言い方が悪いがうんざりする。
 反論としては、毎回目的地は違うし、メンバーも入れ替わったり、学年が上がったりするので、同じ条件はないから、それでよいのではないか、という考えもあろう。しかし、何をやるにも、(細田先生も別件に対して指摘する通り)目標よりも達成する現実は下がるのが普通であり、目標として現状維持を掲げた瞬間に、昨年よりもレベルが下がるのは目に見えている。

 冒頭に書いた通り、今年の合宿としては、これでよかったと思う。あくまでも「今年」である。来年、今年の内容だったら、良かったとは思わない。
 言葉を変えると、これまでの2012年度の半期という半年間や、これまでのコンクリート研究室の歴史を、夏合宿が比較的目に見える形で反映しているものであった、といえると思う。実力テスト、のようなイメージ。普段できないことは、夏合宿になったからと言ってできるわけでない。よって、できなかったことで不満があるとすれば、夏合宿自体を反省するのではなく、今後我々が進むべき道、我々が身に着けるべき方向性の一部を表していると私は思っている。
 ただし、実力テストもそうだが、テストがあるからそれに向けて気分を一新して頑張ろう、というモチベーションもあるので、夏合宿自体が成長する要素ではあることも忘れてはならない。

今年はよかった、楽しかった、では進歩がないと思うので、来年のことを考えて、分析してみる。ただ、ここでの分析は、これらが達成できていれば今年はさらによかったのにね、というものではない。あくまでも、今年はこれでよかったのである。なかったことを望んでもしょうがない。

 話にも出てきた「幹事」についていくつか具体例を挙げたい。目的と手段の違いは、今更いう必要はないが、以下のことはすべて手段である。
・幹事が主体になって行う。
・幹事はM1から選出している。

 幹事の役割は、年々肥大化しているように思うが、これまでのやり方が目的化していないだろうか。M1が幹事で苦労をして、M2になったら楽ができる、というイメージも方々から聞かれた。そのような目的を設定した覚えはない。結果としてそうなるのは構わないが、それ自体が目的化していないだろうか。

 プロジェクトにはリーダーが必要であるが、リーダーがすべてを段取りする必要はない。一般的には、むしろ、しない方がよい。細かいことに忙殺され、全体が見えなくなるからである。軍艦島の交渉、旅館の交渉、バスの交渉、すべて同時にできないことはないが、それに忙殺されて、見学もままならなかったら、本末転倒に思う。
 また、全般的に過去に1回経験した人と、2回経験した人では、後者の方がいろいろと知識やアイデアは出てくるだろう。M2がリーダーになってもよい。それでは面白みがないので、むしろ4年生がリーダーになったほうが、もっと良くも悪くも活性化し、最終的にはプラマイでプラスになるような気もする。まあ、ここでは、誰が幹事をするかを議論したいのではないのでやめておく。

 私の意見は、単に夏合宿を高度化するという部分最適化ではないかと指摘する人もいるだろう。しかし、私はそうは思っていない。別に今年の段階では、今年の合宿はよかったと思っている。

 楽しむことも大事で、高度化していくと息が詰まるのでは、という危惧もわかる。高度化することが目的ではない。今年よりも、来年もっと楽しむには、ちょっとずつ変わっていかなければならない、ということである。

 また、提案のあった百人一首がなぜ消えたか、学生の中でくすぶっていたゼミを開催するか否かという意見が、なぜオフィシャルに少なくともプライベートにでも出てこなかったのか、が疑問である。結局、だれも触れなければ、実行しない。うがった見方をすれば、それを期待しているようにも見える。
 提案意見と、それを踏まえての行動は、別に変わってよい。しかし、そのプロセスには、きちんと意見交換をして、最適解に落とし込むことが必要であろう。立場の強い人の意見が通るわけではない。

 日本人の悪い癖として、建前と本音が異なったまま、物事が決まっていくことは、現代のやり方としてはやはり間違っている。意味がない、時間がない、など理由があればそれを公にして合意を取って、やめるべきであろう。何となくの雰囲気で、というのは、良くない。

 この辺の考え方は、合宿に限らず、最近の例でいえば、鍵の紛失事件(その後も何も音沙汰なし)、などに見られるように、根本は同じである。行動できるか、ということが試されている。

 留学生のケアも、もちろん学生だけでなく、教員も主体になりながら対処しなければならい。今回、細田先生が、その部分をカバーすると公言する異例の合宿となったが、手段はともあれ、結果としてそのように動く姿を学生および若手教員(私)に背中を見せることは、細田先生なりの目的を達成する手段であるとともに、我々への教育の意思表示である。

 勝手なことを述べたが、私は傍観者であってよいものではなく、私自身も反省するべき点はたくさん見えてきた。これは来年の夏合宿ではなく、今から行動できることばかりである。

 高校生や、他大学へのPRとしては、感想文は毎年公開しているとして、見学自体の魅力も見せることが必要と私は思っている。初年度からの数年は教員、最近では、幹事や学生担当者からのブログであったりするが、今年はどうなるのか。幹事には私の口から言っていないし、そういう流れができているわけでもない。どうしても、フェイスブックや個人のブログなどへの閉じた空間で満足しがちなので、この辺は、研究室としての重要事項として昇格する必要があろうかと思う。ちょうど、ホームページの再整理ということが始まりつつあるので、議論して再構築していきたいと思っている。

2012年8月24日金曜日

アートコンクリートの鑑賞

2012/9/9 一部、間違いがあったので、専門用語の記載を変更しました。

<嘘>

昨日、最近話題になりつつある「アートコンクリート」の鑑賞に行きました。北陸地方を舞台にして、いわゆる無味乾燥と指摘されるコンクリートの土木構造物に対して、町を挙げてアートに変えてしまおうという取り組みの一つです。

作品No.154をご覧ください。1羽の鶴が、天を目指して羽ばたく様子がコンクリート壁面に描かれています。一切顔料などの色素を使わずに、コンクリートに混ぜるセメントと水の割合を変えることで、色の微妙な変化をもたらしています。自らをコンクリートブリーダーと呼ぶ、この作品の作者の林さんは、震災や政治不信に混乱しながらも、負けずにより高みを目指そうとする力強い思いをぶつけてみた、と語っていました。手塚治虫の火の鳥の作品も思い起こさせます。




<実際>
昨日、北陸地方のコンクリート構造物の調査に行きました。最近、私が所属する複数の土木学会委員会でも話題になっていたものです。レミコン(生コン)のブリーディング(材料分離して水が浮いてくること)が多く、その影響が完成後のコンクリートに見られるとの報告を受けて、実際に見に行くことにしました。

当初、現在進行中の特定のプロジェクトの構造物群にそれが見られるという報告でしたが、独立した他の構造物も含め、現在、過去のコンクリートを見てみたところ、ほぼ全てにわたって、ブリーディングによる砂すじの跡が、私が過去に経験した中よりも多くみられました。

道路や鉄道構造物だけでなく、町の建築物の塀や、学校建築にも、ブリーディングの跡が顕著に見られた割合が多かったのが全体的な印象です。

写真は、とある道路構造物の橋脚です。耐震補強の目的か、巻立て補強をしているので、ここ10年の施工と思います。ブリーディングによる材料分離によるものと思われる、水の流れたような色むらが見られます。これは、1日の見学の中で一番ひどい(色の変化が大きい)例なので、全部がこうなっているわけではありません。また、色むらと砂すじは異なるので、耐久性に問題があるわけではありません。

骨材にその原因の多くがありそうと指摘されており、今後現地の骨材を取り寄せたり、配合を取り寄せたりして分析したいと思っています。

<備考>
写真のGPSの座標情報は消していますので、ダウンロードして解析しても、場所はわからないようにしています。


2012年8月11日土曜日

戦争

昨日、東北調査から帰ってきた。委員会に関係する調査・打合せであり、津波で被災を受けた鉄筋コンクリート橋梁の復元設計をすることも一つのミッションで、私は実質的に初めて配筋調査を行った。現地はがれきの分別、片づけが淡々と行われているが、復興は全く進んでいないように見えた。今日は、大学で残務処理をして、明日の早朝から、家族の夏休みに合流する。

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さて、戦争のことを語ると、なぜか日本では思想が云々、という雰囲気になってしまうが、とにかく私の中での最近ホットな話題は太平洋戦争である。小学校5年から中1までの3年間、長崎に住んで、原爆教育を受けたことも影響している。7月の学会で広島を訪れた際も、10年ぶりぐらいに平和祈念館に行ったが、その間に、結婚して子供を持ったこと、東日本大震災が起きたこと、が、感性を何倍にも大きくしてくれて、涙が止まらなかった。



最近はまっている本が、「猪瀬直樹」の著作である。道路公団民営化、関連で、土木技術者の中では、その印象が強く、拒否反応を持たれている方も多いようであるが。

氏の戦争三部作である、「昭和16年の敗戦」、「黒船の世紀 -あのころ、アメリカは仮想敵国だった」、「東条英機処刑の日」を続けて読んだ。日本が太平洋戦争を起こしてから、終結するに至るまで、どのような意思決定がなされ(また、なされず)たのかについて、私が全く知らなかった視点で語りかけてくる。


戦争を開始する前、30歳半ばの若手エリートが集められた「総力戦研究所」で、各省庁の詳細なデータを根拠に、既に戦争が負けることが詳細にシミュレーションされていた。山本五十六が真珠湾攻撃を決めるずっと前から、日米においてそれぞれの専門家による、日米未来戦記の小説が発表されて、国民が熱中して読んでいた。

他に、私にとって衝撃の事実として、
-A級戦犯が起訴された日:4月29日 昭和天皇の誕生日
-東京裁判の開始:5月3日 憲法記念日
-A級戦犯で有罪の7名の絞首刑が執行された日:12月23日午前0時1分 今上天皇(平成)の誕生日

という、戦争責任を将来に渡り日本人に刻み付けた、アメリカの戦略も。


東条英機ら7名の絞首刑後の遺体は、GHQにより、彼らが偶像化されないように、秘密裏に処理されたが、火葬が行われたのが横浜の久保山火葬場であった。現在名「久保山霊園」は、何と、私の自宅から数百メートルのところで、私は毎日の車通勤で目の前を通っていた。当時、日本の遺族側が何とか情報を入手して、隣の興禅寺の住職らの協力を得て、GHQに隠れて遺骨の一部を救出したドラマがあった。

たまたま今朝時間が取れたので、初めて久保山霊園と興禅寺を訪れた。霊園には場違いな服装で行ってしまったので、外見を見ただけで早々に退出したが、興禅寺では、当時の住職によるその救出のとが記された記念碑が建立されていたのを見つけた。


先人があって、今の私がいる。まずは、日本を良く知ること、それに尽きる。

ブログの移動(に近いもの)

表現活動の主体をnoteに移行しました。時間をかけた論考などはnoteに集約するようにします。こちらのブログはアーカイブとして残しますが、過去に力を入れた執筆したものは、再編集してnoteに投稿することもあります。 https://note.com/hayakazuh このブログ...