2019年10月19日土曜日

讃岐出身の建築家 佐立七次郎

佐立 七次郎(さたつ しちじろう)、昨年まで名前を知らなかった。東京駅を設計した辰野金吾と東京大学建築学科第1期生の同級生と説明を受ければ、建築家なのね、と推察はできる。

昨年、高校生の時からずっと訪れたかった「日本水準原点」を見学する機会を得た。日本の測量の高さに関する原点である。現地において、日本水準原点を格納した石造りの建築物(標庫という)が、讃岐出身の佐立七次郎が設計したものだと知った。

その時の日本水準原点訪問のブログはこちら

Wikipediaで佐立七次郎の説明はこちら

1856(安政3)年生まれの讃岐高松ということで、当時は高松高校(の前身の高松中学)はなかったが、多分先輩に当たる人だろうと勝手に慕い、彼のことを知りたくなった。建築家 佐立七次郎が設計した中で現存する建築物は2つしかないということで、その1つが、北海道小樽市にある旧日本郵船小樽支店(重要文化財)であり、観光として入館できることを知った。

ちょうど、8月に土木学会全国大会が札幌であるため、広井勇の小樽築港以外にもその建築も見に行きたいと計画をした。

素晴らしかった。ブログにまとめようと思いつつ、忙殺されてそのままになっていたが、今回、日本水準原点が重要文化財に登録されることを受け、作業に取りかかることとする。

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現地で案内で聞いたこともほとんど忘れかけているのが残念だが、仕方がない。

なお、2018年6月に東京で存在を知り、たまたま土木学会が札幌だったので2018年8月に見学できたのだが、2ヶ月少し後の2018年11月~2022年3月が、大規模修繕のために閉館。これは運が良かった。何かの縁を感じる。



現在海岸から100m以上離れているのだが、堀を作って近くまで船が入れて物資のやりとりができたのだという。その名残が建物手前の池のようなものだったと思う。


なお、この公園らしきものの入り口に、廣井勇の胸像があった。これも感激。


観光地で自分を入れて写真を撮ることは少ないが、佐立七次郎(の建物)と一緒に撮りたくて、同行した田村先生にお願いして撮影。




棟札という。銘板みたいなものか。





工学士佐立七次郎


1階は日本郵政のオフィスなので、立派な金庫もある。


1階の全景(手前が事務所で、奥が入り口とカウンター)


階段。漆喰の天井。


貴賓室。
寄木の床。
黒いカーテンのようなものは、よく見ると雨漏りして壁紙が剥がれているところ。こういうのも含めて今改修工事をしている。


立派な会議室。ここで、日露戦争後のポーツマス条約(1905(明治38年))で決まった樺太割譲について、翌年の樺太国境画定会議がここで開かれた。




劣化は激しいようで、どこかの研究機関(失念)が補修方法を検討したり、上記のようにモニタリングを行っている。


外壁の痛みも。

予定では2022年3月までの長期休館であるが、歴史遺産として、リニューアルするのを楽しみにし、再訪したい。

ポーツマス条約、ということで、小村寿太郎の交渉の物語「ポーツマスの旗(吉村昭著)」も再読したい。

これも貴重な資料。
樺太(サハリン)の日露国境画定

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