2012年6月24日日曜日

生身

コミュニケーション軽視ともとられかねず、半分問題発言とは思いますが、いろいろな深いことがあると思うので書きます。いざとなったら消せるようにブログへの投稿にしているのは、卑怯とは思いつつ。

私は、フェイスブック上は、誕生日が近づくと誕生日を非公開にして、終われば公開にすることを繰り返してきました。誕生日がFBからメールなどで自動でプッシュされるのが?に思っていたので。これが進むと、さらに何かのアプリによって誕生日おめでとうというメッセージをFBが自動で肩代わり送信するようになりそうで。予約送信なら、年賀状のようで悪くないとは思いますが、昨年のメッセージと重複しないお誕生日メッセージを自動的に送るようになったりして。

父の日のプレゼントが、全部ネットで済んでしまうことへの、便利さと、その反面の何か後ろめたさに似ています。実父には、ネットまたはデパートで普段は買わない高めの日本酒を買って送るのですが、私自身が酒の銘柄に詳しくないこともあるのですが、選んで送った銘柄をすぐに忘れてしまいます。父から、〇〇(商品名)美味しかったと言われても、その時点で、銘柄を忘れてしまっていて、「??、あ、日本酒のことね」となることが多いです。

私が愛読する星新一のショートショートで、FBの誕生日に似た状況のネタがありました。人間が生身の人間との会話が面倒になり、すべてロボットオウムにため口で話しかけると、オウムがきちんとした敬語で相手に通訳してくれます。しかしそれを受ける相手も、ロボットオウムが話を受け、人間にはため口で通訳します。結局、敬語を使うのはロボット同士。



だったら、生年月日を公開しなければ、という意見もあるでしょう。私は、年齢は公開したいと思います。新聞の投書などは特にそうですが、いったいどのような社会経験をしている人が、どういう発言をしているのかというのは、すべてではありませんが、年齢は大きな参考情報になります。フェイスブックでは、生年だけ公開できると良いのにと思います。特に年頃の女性(年頃が何歳とは言いません)へ気を利かせて月日のみ公開というサービスもありますが、私の場合には、どういう奴が発言しているのかの情報のために公開したいのは年齢なのです。

とはいえ、誕生日の公開に過度にこだわっているわけではありません。別にどうでもいいと思っています。というわけで、今日が、私の36歳の誕生日でした。ちゃんちゃん。

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