2012年2月18日土曜日

全てが創造的なこと

昨日の慰労会でのスピーチにちょっと(いや、だいぶ)加えた内容を記録に残しておきます。
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修士の審査会が終わりました。これからもうすぐ大学院を修了して社会に出ていきます。送り出す言葉は1か月後の修了式にするとして、今思っていることを述べます。

今年の修士2年生は、2名が研究者として、3名が企業に就職します。研究者が2名も出るのは異例であり、そういう状況では、全員、就職先の仕事が「研究」か「研究以外」か、ということをこれまでの学年以上に強く意識したのかもしれません。

研究室での3年間は、表向きは「研究」に取り組んできました。「研究」と「社会に出ての仕事」は違うと思っているとしたら、それは大きな間違いです。

「研究」 は、模倣すべき完全な見本は無く、自分で苦労しなければならなかったので、正直きつかったと思います。でも、研究だけがきついのではありません。

社会に出て求められる能力は、単に何かの作業をするだけではありません。あるプロジェクトを達成するためには、いろいろな能力を求められます。その分野の基礎を勉強し、問題点を探し、関係する人(仲間、上司)と打ち合わせをしながら方向性を決め、実行し、再度フィードバックして改善し、実行に移し、報告書を書き、最後にはレビューを行う、など、多くのことが含まれます。ある部分は決められたやり方に沿って忠実に作業をする(設計照査、積算、他)こともあるでしょうが、その上流、下流には、自分で判断をしながら、時間管理や周囲との調整、上司への報告などをしなければなりません。

そうやって考えると、「社会に出て求められる能力」とは、これまで、卒業研究や修士研究でやってきた事柄がそのまま当てはまります。

世の中の全部が「研究」だと考えるよりも、研究でも、社会に出てからの仕事でも、世の中の全てが『困難に直面しながらも最適な方法を探していく「創造的なこと」である』と認識したほうが正しいかもしれません。

学生時代に上記のことをマスターして社会人になれる人はほとんどいません。でも、研究者にならないから、研究なんてやらなくて良い、ということではないのです。

研究室では、いろいろなプロジェクトや仕事を設定しています。コンクリートカヌー、合宿の幹事、実験室係、コンピューター係など、決められたことをさえやっておけばよいというものでなく、前例の答えがなくてしんどいです。答えのないことばかりですが、頭を使って、人と相談して、お互いに協力し合って、やり遂げることができるのを、学んでほしいのです。「係」は作業者ではない、と毎月のミーティングで口を酸っぱくして言っているのはそのことです。さらに、良くある飲み会の幹事にしても、その時々に要求されることを自分で判断して、決めなければなりません。最近、冬合宿の飲み会について相談された際、前例にしたがったり、先生にいちいち判断を仰がずに、まずは自分でどういう飲み会にしたいのか考えろと突っぱねたのは、このことを考えてのことです。


残念ながら、社会に出ると、ある部分では、「前例のないことはやらない」「決まり事、にそのまま盲目的に従っていればよい」という内容やそういう組織に遭遇します。でも、それで安住していれば、短期的に、そのグループの中では居心地が良くても、別のところに出た途端、誰にも相手にされなくなります。そういう選択は自由だけども、貴方はそれで満足しますか?ということを、この研究室では問いかけてきました。多くが実践しようと、もがいてきました。


「そういう壁など無いのだ」、ということに気づくだけでいいので、そうやって社会に出て行って欲しいと思います。 そうすれば、残り1か月、残った論文のまとめ、引き継ぎなどへのモチベーションも変わるのではないでしょうか。

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