2010年12月6日月曜日

走れ

土曜日は、母校、香川県立高松高校 山岳部の関東支部の忘年会に参加した。関東支部としては、例年10名程度で定例の会を開催していてそれはそれで楽しいのであるが、固定メンバーになってしまっていることが心残りだった。年齢を重ねてきた今、この会を異業種交流として私にとってかけがえの無い会に位置づけている。固定メンバーの最年少が31歳(私は下から2番目)という、異常な事態になっていることで若手が育たないことも喫緊の課題だった。よって、その組織の中で私が主体性を持って、良い方向に改善したかった。
4月に一度挫折してしまったのだが、秋に一念発起してOB会会員のうち関東に在住する人80名に往復はがきを送ってOB会開催の旨を周知したところ、私の呼びかけの文章に心を動かされた(言いすぎ!)方からも返事を頂いた。都合のつかなかった人もいて、結果として、今回初めて参加した方2名を迎えて、計13名の会となった。
新メンバーには、土木の方(日本中で有名な現場の所長)、医学-政治の世界で文字通り世界を飛び回っている方もいて、これまでに加え、より一層、議論の幅が広がったと感じている。
同じ部活の先輩後輩と言うことで、その方のお一人から、私の研究者としての姿勢、取り組みに対して、厳しくも真っ当なご意見を頂き、浮かれた、井の中の蛙の自分を改めて別の角度から認識した。正直に嬉しい。こういう話が1回の会で醸成されることも、年代は違っても同じ釜の飯を食べた仲間というのが大きい。
全ては往復はがきを送ることを実践したことから始まった。主体的な行動のみによって、道は開ける。

そして、工学者、技術者としてきちんと頑張ること、それに尽きる。もっとがむしゃらに。この日記についても、中途半端に情報発信しているようではいけない。だらだらと文句をたれることが目的でないし、本心でないので、その目的に沿ったことを書くべきである。

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