2015年10月29日木曜日

技術士 筆記試験突破

10月29日 午前5時50分から技術士の2次試験の筆記試験の合格発表があり、無事合格しました。残るは、明日郵送で届く、日時変更不可の東京での面接試験のみです。毎年、ネットの合格発表は、本当に心臓がドキドキします。

まずは、面接試験日が重要業務と重ならないことを祈るのみです。裁判員裁判は最近は業務の都合を理由に欠席・辞退できるようですが、技術士試験は、一切変更できないので、欠席イコール来年度筆記試験からまたどうぞ、という冷たいものです。

受験資格は通常は実務経験7年(4年に短縮できる場合もあり)なので、大学院修士1年の時に1次試験を1発で通ってから(当時、大学の同期で通ったのは2名でした)、修士2年時の1年間を実務換算して、社会人6年を経験した、2007(平成19)年が初回でした。その時の受験票が残っています。恥ずかしいですが、8年目の受験となります。

準備不足で当初は嫌々受験していたので、願書は出して未受験ということもありました。周囲で同期が通り始めた頃から、本当に通りたいと思うようになり2010年頃に頑張って受けたつもりでしたが、連続して一般科目のみがネックで落ちていました(分野毎の合否判定がでます)。

高専に転職した2013年は願書を申し込んだものの、新しい環境で手一杯で初年度は未受験で敵前逃亡。2年目の2014年は担任を持つようになりさらに新しいことで余裕はないだろうと久しぶりに願書を出さない年でした。今年は赴任3年目で、もう弱いことは言ってられず、今年受験しなければ、来年以降も逃げ続けることになるだろうと、背水の陣で臨みました。筆記試験も満足して書けたし、択一問題も15問中14問合格で、自信はありました。

明日届く郵便で、都合が悪い日(私のみが講師の講習会とか)と重ならないことを祈るばかりですが、きちんと準備して面接を受け、なんとか今回が最後の30歳台で合格したいと思います。

土木以外の人から、技術士って何と聞かれるので、比較の説明を考えてみました。技術士(建設部門)は、建設分野では相当大きなウェイトを占める資格です。しばしば、一級建築士と比較されます。

日本において、

一級建築士 の国家資格を持っている人、約40万人。
技術士(建設部門) の国家資格を持っている人、約4万人。

です。

ちなみに、対受験者(試験辞退を除き、実際に試験を受けた人を母数に)の合格率は2014年度で12.6%。一級建築士も、たまたま小数まで値が一致しましたが、2015年で対受験者で12.6%。

合格者の平均年齢は、技術士(総監部門を除く、全部門)は41.6才(2012年度、日本技術士会HP)、一級建築士は32.1才(2015年、建築技術教育普及センターHP)でした。

2015年10月28日水曜日

これが物理学だ!

同僚から紹介されて、MIT白熱講義のDVDを見た。物理学を教えているウォルタールーウィン教授の講義だ。書籍のほうは「これが物理学だ! マサチューセッツ工科大学「感動」講義」が対応していると言うがまだ読んでいない。ブログのタイトルはそちらを拝借。

そのシリーズは、市民講座向けの講義であったが、体を張った実験、必要最小限の効果的な解説・板書、ウィットなど、自分自身の講義を振り返る良い教材であった。

私が高松高校3年生のときの真鍋先生の物理の授業を思い出した。毎回、実験をベースにして心に残る授業を展開してくれたのだ。物理学で自然現象をこうもシンプルに表現できるんだと、わくわくして授業を受けていたのを思い出した。そのときは、物理の先生というものはそのような授業を提供してくれるのが当たり前と思っていたが、今良く考えると、それは高度なことであり、先生は日々それを挑戦されていたのか思う。

現在、土木工学という自然科学を相手に仕事をしているが、真鍋先生の授業も糧となっていると考えている。20年前にもなりますが、今になってその偉大さを認識しました。どうもありがとうございました。

2015年10月16日金曜日

厳しくとも「橋梁愛に満ちた」文章(引用)

「鋼構造出版 道路構造物ジャーナルNET」の存在のを聞いたのは恥ずかしながら発刊されてからだいぶ経過した時点であった。

「識者の連載」コーナーがお薦めである。全てを網羅的に読めていないが、聞くところによるとウェブ掲載なのでページ制限もあまりなく、筆者が書きたいことが自由に書けるということであった。

構造物のメンテナンスに関わっている人であれば知らない人はいない髙木千太郎氏も、本サイトに多数投稿されている。

毎回メールで配信されているが、どうしてもそのリアルタイムでは読めてはいない。スルーすることが多い。今回のメールでの高木氏の記事の紹介が『厳しくとも「橋梁愛に満ちた」文章(鋼構造出版 道路構造物ジャーナルNETの配信メールより引用)』ということで、どれどれ、と思って読んでみた。

実務を知り尽くし、かつ公務員の立場でもある彼の生の声は、橋梁の研究に携わっている研究者として、学生に土木を教え社会に送り出している教員として、地域で様々な立場の技術者と交流する者として、非常に勉強になるし、自分が考えるきっかけになった。

当該サイトは、特定のシリーズの目次がないようなので、それができるまでの間、自分へのメモとして、掲載しておく。


髙木千太郎氏
「これでよいのか専門技術者」シリーズ



2015年9月22日火曜日

うどんの麺の長さ

どうでもいい話題ではありますが、真面目に考えています。

1年前、学会の懇親会の余興でクイズをすることになり、単なる正解・不正解ではない、全員に数値を答えてもらって値が近い人に賞品を渡す、という問題も1問作ることにしました。そういう全員参加の問題を作る、というのも、考えがあってのことですが。クイズコーナーをしても、懇親会中なので、議論に熱中して参加しない人もいるので、全員が参加できるものも、という考えです。

全国からお客さんがやってくるので、それなりのクオリティにしたいし、地元ネタにしたい、でも設問がマニアックすぎても盛り上がりに欠ける、ということで悩みました。

よくこの日記に出てきますが「思考訓練」です。この場合、数値での答え、ネットに回答は無い、地元にちなんでいる、マニアックすぎない、という条件です。でも、これを、論理的に答えられるかというと、難しい。問題は3問あり、うどんという統一テーマにしました。この設問と、他の設問のどっちを先に作ったのか覚えていませんが、少なくとも先にうどんというテーマありきだったように思います。

ひとつヒントになるとしたら、アメリカ横断ウルトラクイズの1問目の〇×問題、でしょうか。「(アメリカの国旗にちなんだマニアックな指標の)AとBについて、Aの方が大きい。〇か×か?」というものだったかと思います。結局のところ、数値がわからないといけないような内容が多かったと思います。


10年以上前になると思いますが、私の大学同期の結婚式二次会のイベントを企画し、冒頭の全員参加のクイズで、数値を答えさせるものとしました。そのときも、考えに考え抜いたのが、新郎の方は山登りが好きで、新婦も山が好きでは無いが連れられていったことがある程度だったようなので、それにちなんで、

「それぞれ日本百名山を制覇した標高を合計すると何メートル?」

答えは忘れてしまいましたが、1000~100万ぐらいまで、分散した答えが返ってきたのを覚えています。主催者としては、しめしめ、と。

フェルミ推定というのかわかりませんが、日本百名山の標高の平均値は有効数字1桁として、2000mとして、新郎の方は高校・大学で30山ぐらいで、新婦はほとんど登っていないので、合計30山。よって、60000m位でしょうか。


正確な答えはネットで調べても載っていないし、かといって、全く想像がつかないのも考える方としては面白くない。新郎の友人は、高校山岳部の仲間が多数来ていて、楽しんで回答してくれていたと思います。そういう、明るくなる問題を目指しました。


で、考えに考え抜いたのが、うどん1玉のうどんの長さの総延長。だれも答えを知りませんし、ざっと調べても、答えは載っていない。

過去に、うどんの引張試験をした、という科学的なデータが掲載された記事があることは知っているのですが、そういう専門誌には表題の答えがあるのかもしれませんが。


以下、私の個人のページの方に掲載したので、リンクだけ張っておきます。


うどんの長さ-科学の缶詰~さぬき科学缶~



2015年9月18日金曜日

自彊塾の開設

本日、19時から2時間、自彊塾(じきょうじゅく)の第1回ミーティングを開催した。

自彊(じきょう)とは、「自ら努め励むこと」の意味で、香川高専のスローガンの1つである。

先日、長岡技術科学大学の先生から、VOS塾に関する講演を戴き、それに触発されて、真似して作ったものである。VOSとは長岡技科大の3本柱 Vitality Originality Services の頭文字であり、長岡技科大を象徴するキーワードのようである。科研に申請するために、徹底的に議論してよい申請書を作るための研鑽の場、ということであった。学科の違うメンバーが集まり、徹底的に批判することで、ブラッシュアップを図るという、とても怖い塾である。この取り組みが成果を上げているというPRだったが、まさにそうだと思う。合宿も行うという。ネットで検索すると、その迫力は伝わってくるので、そちらに譲る。

あの講演を聞いて、動かないわけにはいかないと考えて、とりあえず身近なメンバーに声をかけて開催した。今回はメンバーの都合で2人のみであったが、お互いの1枚メモを説明、質問することで、現状の足りなさを痛感したり、新たな視点など得ることができた。科研に限らず、これは続けていくべきだろう。

良い緊張感。これを自ら課さないと。

2015年9月17日木曜日

見守られている

9月14日より、5日間の出張が続いています。瀬戸内なので、うち2回は家に戻ってきます。

9月14日-15日は、山口県への出張。山口県でのコンクリートの品質確保に関連して、土木学会のコンクリートの品質確保小委員会の幹事として携わらせていただいていますが、今回は特別な出張でした。

縁があって、香川県内のとある建設業の組合の方々に対して、コンクリートの品質確保の講習会を開催することが先月決まりました。私が香川県に赴任して2年半が経過しますが、こういった取組みをすべくずっと手探りで動いてきたことが、ひとつの形として実現することになります。とはいえ、実際に動いていただいたのは組合の方であり、私はそのきっかけに過ぎません。今回、呼びかけに応じて、香川県の組合の7名の方が、9月14-15日に1泊で山口県の講習会・現場視察に来ていただきました。お金と時間を掛けていただけたのは、本当に貴重なことです。山口まで実際に足を運んでいただかないとわからないものはあり、その実行力に敬意を表します。高松での講習会の日程は11月28日(土)。これから2ヶ月、ベストを尽くすべく、頑張ります。

委員会のコアメンバー、山口県の皆様には、この企画に対してサポートをいただけることで、感謝しています。いくら頑張っても一人でできることには限りがあり、こうやってお互い助け合うことで、成り立つのだと実感しています。私も貢献できるよう、まずは香川の地で経験を積むことかと思います。

16-18日は、岡山大学で行われている土木学会全国大会です。初日は座長の業務のみで夜は若手懇親会。2日目は自分の発表、学生の発表、午後は鋼構造委員会でした。今日の発表を終えた際、とある方が声を掛けてくれました。私が横浜国大時代にお世話になった方で、香川に戻ってからお会いしていないので、数年ぶりです。声を掛けていただいた際に、2日間の私の姿を見て、「横浜にいたときよりも生き生きとしているのが伝わってきた」とお褒めの言葉を戴きました。私はそれを聞いてとても嬉しく感じました。横浜時代はどれだけだったのか、ということは置いておいて、現在香川県では、成果に満足はできないものの、半ば強制的に公的な立場に入れていただいたり、自分から進んで開拓していったり、色々な試みをしているのは確かです。ポジティブな影響範囲を広げたい、と活動しようと動いているのは確かなので、文字通りお褒めの言葉と受け取りたいと思います。もちろん、その陰には、激励の意味も込めてのことと思われますが、見ていただけていることに感謝しています。

現在、2日目が終わったところですが、土木学会年次大会では、久しぶりにお会いする方と多数お話ができました。そういうつながりをキープするために、主要な学会にはきちんと出席することは大事だなと改めて感じました。

初日の夜は、コンクリート系の若手懇親会でした。今年は39歳なので、対象者は40以下のため、厳密には来年もあるかもしれませんが、シニアの懇志会も40以上ということで参加資格が得られるため、来年はそちらに行くことと思います。よって、若手会は今年で卒業になります。その場でも複数の方から、私のブログを見ています、とのコメントを戴きました。フェイスブックの単文コメントで満足して、ブログに記事にしていないことは多く、更新が途絶えているのは申し訳ありません。また、本日の別の懇親会でも、情報発信が足りないとのお叱りも受けましたが、これも期待してくださっている裏返しだと思い、頑張っていこうと改めて思いました。ということで、懇親会終了後の電車の中でこの原稿を書いています。

明日もマリンライナーで海を渡り、岡山です。午前中に示方書改訂委員会WGに出席し、午後は高専に戻り、夕方からコンクリート打ち込みの予定です。

たまりにたまって、遅くなっている業務は、空き時間を作りながら徐々にリカバリーしているので、先方には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、精一杯頑張ります。



2015年9月8日火曜日

道路の日本史

6月に購入してから時間がかかったが、道路の日本史を読み終えた。

道路の日本史 - 古代駅路から高速道路へ (中公新書)道路の日本史 - 古代駅路から高速道路へ (中公新書)
武部 健一

中央公論新社 2015-05-22
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著者の武部氏は、日本道路公団東京建設局長、参与等を経験され、多数の書籍を執筆されている方である。実はまだ読んだことは無いのだが、「道のはなし」等は、図書館の土木系書架に必ずある本で、現在も書店の専門書コーナーには並んでいたと思う。

道路にまつわる日本の通史が、程よい分量で書かれている。私は受け持っていないが土木史の講義資料としても使えそうな話題が多く参考になった。何かの講演等でも使えそうである。


最後の方に、昭和43年に起きた飛騨川バス転落事故の話が掲載されていた。観光バス15台が連なっている中、大雨による道路の崩壊で、2台が川に転落し、104名が亡くなるという事故・災害である。バス事故の詳細はWikipediaのリンクを参照していただくとして、壮絶な事故であるとともに、その後の捜索、救出のためにダムの放流を止めて川を止めるなど、とんでもない大プロジェクトが行われていた。こちらのWikiの説明はとても長い文章だが必読である。

著者によると、この事故は道路管理者が自然災害に対しての考え、対応を180度転換させるきっかけとなった。危険防護施設の建設にのみならず、異常気象で道路の安全が担保されないときには通行止めも行うようになった、という転換点になったようである。

その後の技術を発展させたいくつかの技術史上の事故というものは多数あり、鉄道でいえば桜木町事故、道路トンネルでいえば日本坂トンネル火災事故、などあるが、まさにそれに匹敵するものであろう。これまで知らなかった。


香川県の名士、大久保 諶之丞(おおくぼ じんのじょう)についてもページを割いている。郷土に対してこのような貢献があったとは、Wikipediaでは記述が少なかったため気づかなかった。とりあえず、Wikiで紹介されている参考文献「蒼天に架ける」は勉強しておこう。ただし、Amazonの中古にもないので、図書館の郷土資料コーナーであろうか。
念のために調べると、高松の出版社から出しているようなので、あまり全国には出回っていないようである。後で問い合わせてみたい。 http://www.bikohsha.co.jp


元日本道路公団の方で、戦後復興の道路整備という時代を経験された著者だから語れるエピソードも多く、土木技術者の気概、誇りも随所に読み取れる。

東名高速道路と中央高速道路の路線の決め方も興味深い。初案は南アルプスを突き抜けるルートだったとは。

夏休みに実際に利用した滋賀県の多賀サービスエリアは、丹下健三が設計したというのもこの書籍で知ったが、上下線からアクセスできる店舗を計画したものの法律等の各種制約から断念せざるを得ず、その名残として、上下線を結ぶ歩道橋が建設されていた、とは。訪れる前に読んでおきたかった。グーグルマップからの多賀サービスエリア


この本は、学生にも読ませたいし、私の講義のための資料集としても活躍するだろう。

20年前から目にしたことのある著者の書籍(道のはなし 等)は今後順に読んでいきたい。当時の興味から、今は格段にアンテナが広がっているので、多くのことをキャッチできるだろう。


著者を調べている中で見つけたリンク。何に使えるかわからないがメモしておく。
日本の道の歴史検索システム

もう一つメモ。
ルーヴル美術館所蔵
ヴェルネ作
大道路の建設

ブログの移動(に近いもの)

表現活動の主体をnoteに移行しました。時間をかけた論考などはnoteに集約するようにします。こちらのブログはアーカイブとして残しますが、過去に力を入れた執筆したものは、再編集してnoteに投稿することもあります。 https://note.com/hayakazuh このブログ...