2013年12月5日木曜日

ミルフィーユ

私は甘いものは大好きですが、ミルフィーユは嫌いでした。というのは、絶対に綺麗に食べられないからです。きれいに食べられないのは食べるスキルが低いのかもしれないけれども、ほとんどの人が綺麗に食べられないものを、平気でおしゃれなスイーツとして闊歩しているのが私の性に合わなかったからです(すなわち、業界としてフィードバックがないのではないか、と)。

というのは過去の話で、今ではミルフィーユを尊敬しています。

パイとカスタードの層数は、数えるほどですが、実はパイ生地は何回も何回も折りたたんで、2のn乗倍にもなっています。無限と言ってよいほどの層の積み重ねが実は隠れています。


最近仕事をしてきて、いや、生きてきて思うのは、全てが積み重ねであることです。

私は表面吸水試験装置を開発して、現時点でそれなりの評価を頂いていますが、それで満足するつもりはありません。第二弾、第三弾と続く予定です。また、細かいだけでなく、現場での実験の計画と実施の力については、ある程度の自負はあります。学術的なところは今回はノーコメントとして、具体的には、現場で起こりうるトラブルへの対処などの力です。

さて、装置の製作や実験のアイデアについては、何を参考にしたのですか、と聞かれることが多いのですが、答えるのが難しいです。わからない、のではなく、ありすぎて言い切れない、という難しさです。一言でいえば、強い記憶のある、小学校のころからの経験全て、といものです。

脱線すると、昨日のニュースでは、オリンピック水泳メダリストの寺川綾は、「水泳が人生の一部でなく、全て」と語っていますが、通じるものがあります。(私より年下!)

理科の時間、算数の時間、技術家庭の時間、全てが糧になっています。放課後の道草、公園での秘密基地づくり、全てです。小学校の時に、自転車を分解組立したこと、父親の使わなくなった髭剃りを分解したときのことも鮮明に覚えているし、テレビ、ビデオの配線、家の水道蛇口の水漏れ対応、家族の引っ越しにまつわる経験、全てが今につながっています。


師の池田先生は、「人生は積分」とおっしゃっていたと思いますが、同じです。

土木の分野でやっていて一番大きいのは、高校の時に山岳部に入って、全ての荷物を背負って、その中で生き抜かねばならないという経験がありますが、それは、卵か鶏かであって、そういうのが好きだから山岳部を選んだのだと思います。もちろん、高松高校山岳部は感謝・尊敬しています。

文系の科目であっても、国語、歴史等、それをきちんと身に着けないと、今の社会、人とやりあって、人を引っ張っていくことはできません。

無駄な経験というのは、一切ないのです。

学生であれば、こんなの社会になったら使うの?と思い、社会人であったら、「こんなこと学校で習わなかった」、「学校で習ったことは役に立たない」と言います。学術的に、「ない」「関係ない」ことを証明するのは非常に難しいです。それを、そうやすやすと、なかったと言い切れるのが、私には理解できません。

短期的に見て不要と見えることが、効率化の号令のもと、どんどん省略されていくのは危機感を感じます。

「偉そうなことを言う」と(特に妻に)思われるかもしれません。もちろん私は現在が完ぺきとは思っておらず、いろんな経験をしてきて、それでやっと現状維持なのです。

もやもやしていたのですが、それを言葉に発しなければなりません。それが、教師という職業の使命だと今は強く思います。大学教員を辞めて、高専教員として転職し、異なる立場の学生を見たことで、ものの見方がさらに広がったと思います。8月に、高専の新任教員研修会に参加しました。多くのテクニックを教えていただきましたが、一つ大きく頭に残っていることです。

ある講師の私見だとはおっしゃっていましたが、なるほど、と思いました。技術者として勉強する中で、自分の専門外の勉強は何の役に立つのかの問いに対して、その講師は、こう答える、と。「他分野の技術者と、円滑に会話するため」
(強く覚えているといいながら、うろ覚え!後で手帳を確認するため)

相手が技術者でなくても、家族、友人、土木技術者であれば、地元住民や国民との対話、でしょう。


とはいえ、こういう抽象的な話は、なかなか若い人にはわかりません。彼らも10年たてば身に染みて解ることですが・・・。


時間を見つけて具体的な読み物でも作っていこうと思っています。○○はなんの役に立つのか。フレミングの法則が私の人生に与えた影響は、突沸を防ぐために沸石を入れることが、私の人生に与えた影響は、全て書ける自信があります。わからないものは、ネットで募集すればいいかもしれません。ただし、その分野の専門家でない人。

別に、個別のことを書くことが目的ではありませんが、アホみたいなことに、真剣に取り組むことで、学生を鼓舞したいと思います。手段は問いません。今まで通りの教育が悪いのであれば、変えるべきところは変えたい。


たまにはエラそうなことも書きます。
ちなみに、讃岐弁では、エラいは、きつい、疲れた、という意味ですが。

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