連休の今朝。もうすぐ9歳になる小3の息子が寝起き直後に、先に起きていた私に声をかけてきた。「5のびっくりマークの2乗を計算できる?」
私「びっくりマークとは5×4×3×2×1のことのこと?」
息子「そう」
私「電卓使っていい?」
息子「パパなら電卓使わなくて解けるよ」
私「ああそうか、えっと、5×2は10だから100、4×3=12の2乗は144、だから14400」
息子「正解。僕はこう考えて・・・・」
というやりとりがあった。おい、その問題は寝ながら考えたのか(笑)?
(アニメの)名探偵コナンと妖怪ウォッチに目がない息子であるが、算数というか数学の虜にもなっている。
本人も言っているが、その素晴らしい世界にのめり込んだのは「数の悪魔」という本である。以前から算数の本は沢山読んでいたが、1年前に接して、何度も何度も読んでいる。
数の悪魔―算数・数学が楽しくなる12夜
ハンス・マグヌス エンツェンスベルガー 著
丘沢 静也 訳
晶文社
普及版発行 2000年4月1日(初版は不明)
数字の不思議さ、楽しさについて、平易に、うまく喩えを使いながら。自然の現象が、数学で記述できることの素晴らしさについて愛情を込めて書かれている。例えば、フィボナッチ数なんて、私が高校数学で習った(というか、数学の川田先生が数列の授業のときに、このことをフィボナッチという、という豆知識として紹介したのが、何故か強烈に耳に残っていただけである)ことが、息子の心を刺激したようである。
ファーブル昆虫記が、少年少女への昆虫に限らず自然の素晴らしさ、奥深さを教えてくれる名著であることは誰も疑いようがない。ファーブル昆虫記の数学版といったところだろうか。
土木・建築「構造」系のファーブル昆虫記は何だろうか。と考えたことは余りなかったのだが、先日、GNN(元気な生コンネットワーク)長岡生コンの二見さんがさらっと言及していた「建物はどうして建っているか」という本に興味を持ち、早速購入して今読んでいる。
建物はどうして建っているか ~構造-重力とのたたかい~
マリオ・サルバドリー 著
望月 重 訳
鹿島出版会
初版発行 1980年10月5日
私が4歳の時に日本訳が出版されたのである。原著はもっと早いのだろう。
「訳者まえがき」に書かれているので引用する。
+++
ファーブル「昆虫記」を読んで、動物学者または研究者となった人は多いと思う。彼らにとって「昆虫記」は動物学の本ではなく、動物の世界にひきこまれる誘いの音楽であったに違いない。建築の構造にもそうした本があってもよいと思うのは、私ひとりではなかろう。
こうした気持ちにぴったりと答えたのが、サルバドリーのこの本である。
+++
なぜこういった構造物が成り立つのかについて、平易に書かれている。まだきちんと読み込めていないが、章立て、挿絵、などをパラパラと見る限り、言葉通りファーブル昆虫記である。
私のこの年では、知識の上では新鮮味はないかもしれないが、自分がこどもの時に読んでいたらどう感じただろうか、または自分の子どもたちへ話すなら、とか、高専の構造系の授業に反映できることはないだろうか、など、自分と対話しながら読み進めてみたい。
私は授業中に本の話を良くするが、4年生へ先日発言した言葉をもう1度繰返す。「他人から紹介される本はきっと良い、という考えを実践すると、必ず良いことがある」。今回も良かった。
2018年4月30日月曜日
2018年4月26日木曜日
「2つ」のもつ意味
1を聞いて10を知る。2を聞いてNを知る。
等価応力ブロックが何故そういう風になるのか、というのは一見わかりにくい。そういうものだと暗記するのは悲しい。
授業では、
等価なものに置き換える
この言葉は、高校時代、塾で数学を教えていただいた古市先生の言葉である。私の座右の銘を問われれば、この言葉を挙げることが多い(たまに忘れる)。
色々な意味を持つと思っているが、それは本稿では置いておく。
本稿での意味について、簡単にいうと、「1つだけでは全体を理解するのに限界があるが、2つ知れば世界がわかる」。
高専では、力学系授業を教えているが、曲げモーメント、ひずみ、断面二次モーメント、ヤング係数、等は目に見えないし、普段の生活ではあまり使わない概念である。
いくら定義を勉強しても、「そういうものだ」という暗記系になってしまい、単元のテストでは合格するかもしれないが、その後忘れられたり、次に別の形で出てきたときには覚えていなかったり関連があると気づかなかったりで全く使えない。
これは学生が悪いのではなく、教え方や学び方に課題があると思っている。
結論として、別の見方も同時に理解しておくと、理解に繋がると思う。
例えば、「断面2次モーメント」が何なのかの理解について
「定義通りの式が提示できる」に加えて、
「梁の曲げの抵抗にどのように効いてくるのかを示す数値である」ということも頭に入れておくとよい。
それでも若干不足している。曲げの抵抗に関係するのは確かである。ただし、曲げやすくなるのか、曲げにくくなるのか、のどちらに意味がもとれるため、その理解では不十分である。よって、それを補うとしたら、断面2次モーメントが「大きくなると」梁が「曲げにくくなる」という性質まで捉えておくとよい。
よって、2つめは、「梁の曲げにくさを示す指標」としておけば、独立した概念となる。古い教科書を読むと、「曲げこわさ」という用語が使われている。言い得て妙である。曲げ易さではなく、曲げにくさなのである。これは大きく区別すべき重要な概念である。
さて、3次元の物体を、2次元の図面として図化するのに、6面の投影図があればお釣りが来るぐらい十分である。図面1枚は2次元で2つの次元をもつので、次元の数が3を越えるためには、図面2枚があることが必須である。大抵の場合には、2枚の図面から、3次元の形は想像できるのはそういう理由である。こういうものとアナロジーがある。
昨日の授業では、鉄筋コンクリートの曲げ耐力を求める際に、材料非線形を簡単に計算するために「等価応力ブロック」で置き換える話をした。
等価応力ブロックが何故そういう風になるのか、というのは一見わかりにくい。そういうものだと暗記するのは悲しい。
授業では、
等価なものに置き換える
→力学的に等価なものに置き換える
→力の本質は、大きさ、作用点、向きである。ここでは軸方向を考えるので向きは共通のため除外すると、大きさ、作用点、の2つが、力の本質である。
→等価応力ブロックにおいて、ブロックの大きさは力の大きさに対応する、ブロックの高さは合力の位置を規定するので作用点を表す。
→よって、上記の2つの観点は必須であり、それにより、等価応力ブロックの形状が1つのみに定まるのである。
という話をした。
学生は、そんなこと初めて聞いたという顔をしている。いや、そうではない、と続けた。
実は1年前の構造力学1において、分布荷重が載った梁のモーメントを計算するのに、計算を簡単にするために、分布荷重の中心位置に、分布荷重を集中荷重に置き換えることは普通にやっている。これは、実は上記と同じ作用なのである。
その直後、私には、多くの学生の頭に「!」が見えた、気がした。
という風に1年前の授業と今回の授業の2つが繋がった。これもまた2つである。
追記:この文章を書き終えて、過去のブログを見ていたら、似たようなタイトルで2月にブログ執筆していたことに気づいた。すっかり忘れていた。こちらへ。
2つの指標でとらえる
追記:この文章を書き終えて、過去のブログを見ていたら、似たようなタイトルで2月にブログ執筆していたことに気づいた。すっかり忘れていた。こちらへ。
2つの指標でとらえる
2018年4月25日水曜日
足し算系 と かけ算系
本日の構造系の授業では、小テストを実施。この授業は単位数の関係で週2コマ実施なので、1回の定期試験までの回数が長いため、定期的に小テストを入れるように仕向けたいと思っている。成績という狭い話ではなく、理解が足りないところを強制的に気づいてもらいたい意図である。誰の助けも借りられないテストをすれば一目瞭然ということである。
ものごとを体系化して考える、ということが、ものごとを理解する事の本質、勉強する本質だと思っている。小テストの直後、できなかった人はどうやって勉強をするのか、という話をした。次のようなことを話した。
【勉強をする手順 4つ】
・教科書やノートが揃っている。途中の抜けがないこと。
・そこで使われている専門用語、考え方、式の意味がわかること。
・問題で求められている式や知識がどれなのかを理解し、上記のどれを引張ってくれば良いかわかること。
・式を組み合わせて、必要な未知数に対して解くこと。
ある単元を理解する、ということは上記の枠組み・手順を実行することに置き換えられるように思う。単にこの授業は難しい、私は苦手だ、という漠然とした評価ではなく、自分のどの部分が足りないのかを理解するように務めなければならない。こうやって具体的に分析ができれば、つまづきの原因が自分でもわかるのではないだろうか。
学生から、わからない、という質問を受けることがたまにある。それを上記の手順に当てはめて、どこがわからないの? ということを聞くと、意外と1つめから抜けていることが多い。
さて、上記の手順は、「かけ算である」と私は主張する。4つの手順のそれぞれの達成度の満点を1点とすると、全部OKの場合、1×1×1×1=1 合計1点となる。どれかが欠けてもだめ。例えば、1番目がダメだったら、他ができたとしても、0×1×1×1=0 合計0点:理解できていない、のである。
これを「かけ算系」と仮に呼ぼう。
なお、この考えは、竹村公太郎氏の提唱する、インフラストラクチャーの構造で、直列システム、と同じ概念である。
理解を助けるために、別の考えもある。足し算の世界。「足し算系」。
例えば、テストの点数がそうだろう。運転免許を取るための学力試験を例に挙げる。
赤信号を無視して良い、という問題にyesと答えて、その部分が間違っていても、他の問題が正解していれば、合格点に達して、免許が取れる。安全救護に関する問題が総崩れでも、他で挽回できたら、免許が取れる。
運転免許の趣旨を考えると、点数を積み上げていく問題だけでなく、間違ったらNGとなる地雷のような、間違ったら一発退場の問題が組み込まれていても良い。前者は足し算の問題で、後者はかけ算の問題。
考えれば怖い面もあるが、合理性も加味して、社会はそれで成り立っている。
言いたいのは、世の中は、足し算の概念のものと、かけ算の概念のものの両方があるということ。
勉強のようなものは、教科全体を見れば前者が多いものの、個別単元を見ると後者に近いようになっている。そのことを理解しないと、勉強の効率が悪く、成績が上がりにくい。
人間関係、信頼関係は、足し算ではなく、かけ算に近いかもしれない。信頼は築くのは大変だが、何かのきっかけで一気に失う。でも、よい関係が築けると、指数関数的に上昇する。
哲学的である。
ものごとを体系化して考える、ということが、ものごとを理解する事の本質、勉強する本質だと思っている。小テストの直後、できなかった人はどうやって勉強をするのか、という話をした。次のようなことを話した。
【勉強をする手順 4つ】
・教科書やノートが揃っている。途中の抜けがないこと。
・そこで使われている専門用語、考え方、式の意味がわかること。
・問題で求められている式や知識がどれなのかを理解し、上記のどれを引張ってくれば良いかわかること。
・式を組み合わせて、必要な未知数に対して解くこと。
ある単元を理解する、ということは上記の枠組み・手順を実行することに置き換えられるように思う。単にこの授業は難しい、私は苦手だ、という漠然とした評価ではなく、自分のどの部分が足りないのかを理解するように務めなければならない。こうやって具体的に分析ができれば、つまづきの原因が自分でもわかるのではないだろうか。
学生から、わからない、という質問を受けることがたまにある。それを上記の手順に当てはめて、どこがわからないの? ということを聞くと、意外と1つめから抜けていることが多い。
さて、上記の手順は、「かけ算である」と私は主張する。4つの手順のそれぞれの達成度の満点を1点とすると、全部OKの場合、1×1×1×1=1 合計1点となる。どれかが欠けてもだめ。例えば、1番目がダメだったら、他ができたとしても、0×1×1×1=0 合計0点:理解できていない、のである。
これを「かけ算系」と仮に呼ぼう。
なお、この考えは、竹村公太郎氏の提唱する、インフラストラクチャーの構造で、直列システム、と同じ概念である。
理解を助けるために、別の考えもある。足し算の世界。「足し算系」。
例えば、テストの点数がそうだろう。運転免許を取るための学力試験を例に挙げる。
赤信号を無視して良い、という問題にyesと答えて、その部分が間違っていても、他の問題が正解していれば、合格点に達して、免許が取れる。安全救護に関する問題が総崩れでも、他で挽回できたら、免許が取れる。
運転免許の趣旨を考えると、点数を積み上げていく問題だけでなく、間違ったらNGとなる地雷のような、間違ったら一発退場の問題が組み込まれていても良い。前者は足し算の問題で、後者はかけ算の問題。
考えれば怖い面もあるが、合理性も加味して、社会はそれで成り立っている。
言いたいのは、世の中は、足し算の概念のものと、かけ算の概念のものの両方があるということ。
勉強のようなものは、教科全体を見れば前者が多いものの、個別単元を見ると後者に近いようになっている。そのことを理解しないと、勉強の効率が悪く、成績が上がりにくい。
人間関係、信頼関係は、足し算ではなく、かけ算に近いかもしれない。信頼は築くのは大変だが、何かのきっかけで一気に失う。でも、よい関係が築けると、指数関数的に上昇する。
哲学的である。
2018年4月21日土曜日
研究室始動
3月末に新しい高専本科5年生の研究室配属があり、若干タイムラグがありましたが、新年度が始まった2週間ほど前に新メンバーを迎えました。
毎年改善の連続ではありますが、今年はとにかくディスカッションをしてお互いがお互いの研究をよく理解することを重視しています。継続的にPCには投資をしましたが、PCだけと向き合っていても良いものは生まれません。環境作りが大事で、今年は研究室中央の大机には、ものを置かないように注意するようにしました。そのためには、周囲の書架に余裕がないといけないので、古い本を捨てるか、少なくとも別の場所に整理するようにしました。
その机に多数の人数が座れるように、配置を少し換えて、イスも新調しました。しばらくはここがメインの活動場所となります。
今週は、昨年度の積み残しのある実験を始めました。目的や手法についてホワイトボードに書き出しながら議論がスタートしました。昨年のヒントを知っている私から見ると、答えや方向性を示したほうが作業はすぐに開始できるかもしれませんが、担当する学生が心から理解したり、その後の創意工夫を期待するならば、回り道をしてでも議論することが大事です。早速、私が考えていなかったアイデアも出て、試行錯誤をしながら補助器具を開発したりしていました。
学生の成長にも繋がるし、それが研究を動かすための原動力にもなります。
毎年改善の連続ではありますが、今年はとにかくディスカッションをしてお互いがお互いの研究をよく理解することを重視しています。継続的にPCには投資をしましたが、PCだけと向き合っていても良いものは生まれません。環境作りが大事で、今年は研究室中央の大机には、ものを置かないように注意するようにしました。そのためには、周囲の書架に余裕がないといけないので、古い本を捨てるか、少なくとも別の場所に整理するようにしました。
その机に多数の人数が座れるように、配置を少し換えて、イスも新調しました。しばらくはここがメインの活動場所となります。
今週は、昨年度の積み残しのある実験を始めました。目的や手法についてホワイトボードに書き出しながら議論がスタートしました。昨年のヒントを知っている私から見ると、答えや方向性を示したほうが作業はすぐに開始できるかもしれませんが、担当する学生が心から理解したり、その後の創意工夫を期待するならば、回り道をしてでも議論することが大事です。早速、私が考えていなかったアイデアも出て、試行錯誤をしながら補助器具を開発したりしていました。
学生の成長にも繋がるし、それが研究を動かすための原動力にもなります。
2018年4月20日金曜日
手帳のデジタル化
新年度が始まって、既に20日が過ぎました。一応落ち着いてきたような感じです。
働き方改革に関連して、過去にも色々マニアックなことは書いた紙手帳について、遂に手帳のスケジュール管理をデジタル化しました。今愛用しているのは、Outlookのスケジュールです。
最近、メールソフトをOutlookに変えたのですが、カレンダーとメールソフト、Todoを連携できるので、統一することにしました。
今までは紙の手帳に、○時からこれをやる、という風にタスクを入れていましたが、実際に行えなかったり、予定よりも超過した場合には、書き換えるのが追いつかずにそのままになっていました。結局、何を何時間費やしたのかが曖昧になっていました。
デジタルであれば、タスクを頻繁に細かくスケジューリングしたり、実際に終わった仕事をタスクの事後記録としてスケジュール表に可視化するようにできるので、試しに暫くそれを行ってみると、自分自身の働き方について作業の遅延が非常に多いことが分かりました。1時間と思って始めたことが、その次の予定を入れていないとどんどん遅延する。逐次記録していくと、その遅延が多いことを改めて知らされました。
Outlookのスケジュールソフトのインターフェースにはまだまだ改良の余地はありと思いますが、メリットが多いと判断して、全面的に切り替えることに決めました。紙の手帳も持ち歩いていますが、メモ帳としての利用になってきて、そうすると今使っている1日1ページのほぼ日手帳では、不要になるため、改めてシンプルな手帳に買い換えたいと思っています。
働き方改革に関連して、過去にも色々マニアックなことは書いた紙手帳について、遂に手帳のスケジュール管理をデジタル化しました。今愛用しているのは、Outlookのスケジュールです。
最近、メールソフトをOutlookに変えたのですが、カレンダーとメールソフト、Todoを連携できるので、統一することにしました。
今までは紙の手帳に、○時からこれをやる、という風にタスクを入れていましたが、実際に行えなかったり、予定よりも超過した場合には、書き換えるのが追いつかずにそのままになっていました。結局、何を何時間費やしたのかが曖昧になっていました。
デジタルであれば、タスクを頻繁に細かくスケジューリングしたり、実際に終わった仕事をタスクの事後記録としてスケジュール表に可視化するようにできるので、試しに暫くそれを行ってみると、自分自身の働き方について作業の遅延が非常に多いことが分かりました。1時間と思って始めたことが、その次の予定を入れていないとどんどん遅延する。逐次記録していくと、その遅延が多いことを改めて知らされました。
Outlookのスケジュールソフトのインターフェースにはまだまだ改良の余地はありと思いますが、メリットが多いと判断して、全面的に切り替えることに決めました。紙の手帳も持ち歩いていますが、メモ帳としての利用になってきて、そうすると今使っている1日1ページのほぼ日手帳では、不要になるため、改めてシンプルな手帳に買い換えたいと思っています。
2018年2月26日月曜日
時間の認知
期末試験の採点と、成績確定のための色々なレポート類の処理に追われている。追われて忙しい時ほど、現実逃避で色々なことを考えてしまう悪い癖が発生。休憩と称して、10分のタイマーを掛けて、この文章を書く。
この冬は、久し振りに、インフルエンザに罹患して、数日間仕事をお休みした。その中で、布団の中でポッドキャストの、「曲解答弁」なる番組を見つけ、聞いていた。
先輩と後輩の2人が、たわいもないことを議論する番組であるが、たまに、ものごとに対する洞察力が深いのが、ツボにはまる。
ある回の、時間に関する間隔の認知で、なぜ楽しいときには時間が早く過ぎて、楽しくないときには遅く感じるのか、ということに対して、そこそこ面白い議論をしていたようであるが、結論が混迷していて不満が残ったので、自分なりに考えてみた。
・待ち遠しいイベントがなかなか来ない(もういくつ寝るとお正月)
・楽しいイベントが始まると、あっという間に時間が過ぎる
という、時間の認知感覚の違いが何故生じるのか。
脳科学での分析はあるのかもしれないが、私なりの思いは、次のようだ。
・人間が時間について考えた量と、時間感覚は比例する。
すなわち、
・楽しいイベントの前は、イベントが早く始まって欲しい、あと何日かな?、早く来ないかな、と、「時間」をテーマにして考える=時間について認識する=時間が遅く感じる。
・楽しいイベントの最中は、そのイベントのことを考えることに精一杯で、今何時間過ぎたのか、残り何時間かは余り考えている暇はない=時間のことに考える量が小さい=時間が早く感じる。
この考えに結びついたのは、高校か大学ときに読んだ「ぞうの時間、ネズミの時間」の本である。動物の寿命は、数日~数十年とばらつきがあるが、皆等しく、心臓が○○回打った回数はほぼ同じである、という説。
そのことと、時間について考えるイベント数(量)が、時間についての認知と等しいという考え方は、似ている(アナロジー)ではないか。
そういう説が既にあれば、どなたか林まで教えていただければ幸いです。
そのポッドキャストの中で、確か、以下の趣旨のことも語られていた(そのポッドキャストかどうか忘れてしまった)。
子供の頃は一年が長く感じたという「年齢による時間に対する感覚の違い」の理解は、その一年で人生の何分の一を過ごしたか、に置き換えるとよくわかる、という趣旨の指摘を読んで、言い得て妙。これも面白い考えだ。ある面同意できる。
10歳の子供は、この1年間で、人生の10分の1を過ごす。インパクトは大きい。50歳の大人は、この1年間で、人生の50分の1を過ごす。割合としては小さい。10歳のときの5分の1である。
この「人生に対する割合」がいったい何を表すかは、よくわからないが、ひとつの評価指標としては、ありうる指標である。
と、10分のタイマーが鳴ったので、とりあえずこれで終える。後ほど加筆するかもしれない。
この冬は、久し振りに、インフルエンザに罹患して、数日間仕事をお休みした。その中で、布団の中でポッドキャストの、「曲解答弁」なる番組を見つけ、聞いていた。
先輩と後輩の2人が、たわいもないことを議論する番組であるが、たまに、ものごとに対する洞察力が深いのが、ツボにはまる。
ある回の、時間に関する間隔の認知で、なぜ楽しいときには時間が早く過ぎて、楽しくないときには遅く感じるのか、ということに対して、そこそこ面白い議論をしていたようであるが、結論が混迷していて不満が残ったので、自分なりに考えてみた。
・待ち遠しいイベントがなかなか来ない(もういくつ寝るとお正月)
・楽しいイベントが始まると、あっという間に時間が過ぎる
という、時間の認知感覚の違いが何故生じるのか。
脳科学での分析はあるのかもしれないが、私なりの思いは、次のようだ。
・人間が時間について考えた量と、時間感覚は比例する。
すなわち、
・楽しいイベントの前は、イベントが早く始まって欲しい、あと何日かな?、早く来ないかな、と、「時間」をテーマにして考える=時間について認識する=時間が遅く感じる。
・楽しいイベントの最中は、そのイベントのことを考えることに精一杯で、今何時間過ぎたのか、残り何時間かは余り考えている暇はない=時間のことに考える量が小さい=時間が早く感じる。
この考えに結びついたのは、高校か大学ときに読んだ「ぞうの時間、ネズミの時間」の本である。動物の寿命は、数日~数十年とばらつきがあるが、皆等しく、心臓が○○回打った回数はほぼ同じである、という説。
そのことと、時間について考えるイベント数(量)が、時間についての認知と等しいという考え方は、似ている(アナロジー)ではないか。
そういう説が既にあれば、どなたか林まで教えていただければ幸いです。
そのポッドキャストの中で、確か、以下の趣旨のことも語られていた(そのポッドキャストかどうか忘れてしまった)。
子供の頃は一年が長く感じたという「年齢による時間に対する感覚の違い」の理解は、その一年で人生の何分の一を過ごしたか、に置き換えるとよくわかる、という趣旨の指摘を読んで、言い得て妙。これも面白い考えだ。ある面同意できる。
10歳の子供は、この1年間で、人生の10分の1を過ごす。インパクトは大きい。50歳の大人は、この1年間で、人生の50分の1を過ごす。割合としては小さい。10歳のときの5分の1である。
この「人生に対する割合」がいったい何を表すかは、よくわからないが、ひとつの評価指標としては、ありうる指標である。
と、10分のタイマーが鳴ったので、とりあえずこれで終える。後ほど加筆するかもしれない。
2018年2月12日月曜日
リスク回避の能力
交通の冗長性は必要で、それが平時だけでなく地震時、異常天候時のレジリエンスに繋がる。要は冗長性が高いほどリスクに強くなる。ここで言うリスクは拡張すると、会議が延びて出発が遅れたり、帰着が遅くなったり、迷子になったり(笑)も含む。
高松は、地方都市の中でも、交通の冗長性(代替選択制)は非常に高いと思っている。ラッキー、ではなく、私が転職をする際に、暗にそういうことは考えていたのである。交通インフラが冗長性が高いことに価値を見いだして、高松の地に転職してきた、と言ったら若干は盛っているが、あながち間違いではない。一番は高松出身というのがあるが、それを割り引いてもそう思う。
飛行機の便利なところは、所要時間が短いのはあるが、一度予約するとビジネスきっぷを除いて変更がしづらい所がデメリットである。ただし、そのデメリットを補うのが、先方での悪天候の際に条件付き運行になった際には全額払い戻しが選択できることにある。これで大部分は回避できる。
ついでに言うと、当日購入の価格がべらぼうに高いことは、どうにかならないかと思う。プライベート利用である、身内の不幸の際に、急に飛ぶとなるときには、航空会社が鬼のように思えてくることもあった。その際には、お金なんて関係ないのでどうでも良いが、冷静に考えるとそう思う。正規料金がベースで、前日以前に早く買ったから安いのだ、という航空会社からの説明も、それは説明の仕方の違いだけであって、確率的な分布を見込んで料金設定がされているので、全体の重み付けの話である。スーパーの△割引を月25日間もやっている話に似ている。大事なのは、売上の比率であろう。
国内便飛行機チケットの売り上げ状況(仮の推定)
正規料金 35000円 5%
1日前まで 25000円 30%
21日前まで 18000円 30%
45日前まで 13000円 25%
大幅割引 10000円 10%
ホテルとセットのビジネスパック・ツアーパックもそれなりに多いと思うので、換算するともっと安い方にシフトするかもしれない。(高いので国内では少ないと思うが)ビジネス客が買う日付未設定のオープンチケットは、正規料金程度と思うが、わからないので仮に0とする。
この件は、話がそれるので、論点を整理してまた別のトピックとして書こう。
新幹線の便利なところは、当日まで決めることができることや、東海道線の関ヶ原の雪の遅延を除くと比較的災害に強いことである。さらに、年間1000円程度でエクスプレス会員になると、オンラインで予約ができ、乗車変更が3ヶ月以内であれば何度でもできるというところを考えると、メイン利用だけでなく、飛行機が遅延時の代替手段としては有効である。窓口購入は、そもそも駅に着かないと購入できないことや、災害時には駅は大混雑なので、厳しいと思う。
デメリットは、長い乗車時間であるが、3人掛けの真ん中は厳しいが、それ以外は東京から岡山までは許容できると思う。東京から鹿児島までは厳しい。また、少なくとも高松便は、岡山行き終新幹線にマリンライナーが接続しているので、東京駅の高松行きの終新幹線が20時30分なのは、飛行機にはないメリットであり、特筆に値する。高松行便の最終は、20時頃であるが、余裕を見て東京駅は18時30分は出たいところだ。この2時間近くの差は大きい。また、上記のエクスプレス会員のオンライン予約であれば、比較的窓側がとれる(急な交通手段の変更を検討してから実際にJRみどりの窓口に到着できるまでの時間のタイムラグがあるため)ので、体力温存と電源確保としての新幹線は災害時には有効である。
14:25追記情報: 高松空港の条件付き運航の場合には、レベルが1~3とあるようで、少なくとも高松空港のカウンターでは教えてもらえるとの情報を失念しており、今回改めて指摘を受けて思い出したのでここに追記する(結果、n=2)。推定であるが、ほぼ100%が、周辺の濃霧で飛行機が「着陸」できるかが問題であり、それの裏返しとして、出発機材が確保できるか。私が知る限り、機材さえあれば濃霧でも始発便は高松空港が離陸できるので。ただ、このレベル情報が、高松空港外から電話等で知ることができるか、羽田空港カウンターで知ることができるか、についての情報も引き続き情報収集して蓄積したいと思う。
以下、私の判断事例を提示する。
1月9日の東京出張帰りのフライト。私のミスで羽田空港の定時に明らかに間に合わなかった。たまたま高松空港が雪のため、条件付き運行の案内が出たため、キャンセルが無料となった。よって、運が良く飛行機は全額払い戻しして、上記のオンライン予約で窓側の新幹線も予約ができて、新幹線で帰ってきた。確認したところ、私が乗る予定だった飛行機は、出発の遅延があったものの、無事着陸できている。
2月10日の東京出張帰りのフライト。13:30発のフライトであった。朝から、1時間おきに、条件付き運行の情報がメールできていた。メールが頻繁に来るもので、オオカミ少年のように麻痺して、最後の方は内容を読んでいなかった。通常の条件付き運行なら、まあ、大丈夫だろうと判断してしまっていた。浜松町でモノレールに乗ってから、改めてメールを見ると、ヤバいことに気づいた。天候調査中で、まだ見込みが立たないと。それで、以前のフライトを見ると、2つ前の便が、着陸できずに、高松空港の隣の徳島空港に降りたとの情報が。
この時点で、リスク回避のことが頭をよぎったものの、快速に乗ってしまったので、引き返すポイントが見えない。色々考えて、大井競馬場駅で降りて、逆向きのモノレールに乗換えようとした。すでに天候調査になっているので、確定する時間までにキャンセルすればよい。そのモノレール待ち時間の間、オンラインで、新幹線の窓側を予約できたので、新幹線に決めた。
っと思った瞬間、JALは天候調査を終え、私のフライトが、45分遅れで出発することが決定した。天候調査をした上で、あえて「やる」と判断したのは私の経験が無かったのもあり、これは行けるのではないか、と考えてしまった。新幹線は、再度乗車変更すれば、実質無料キャンセルと同じ扱いだし。
というのは、手荷物が多かったこと、疲れていたので、またこれから4時間以上掛けて陸路帰るのもなんとなくいやだなぁと思ったこと、自家用車を高松空港に停めていること、さらに、車の保険の満期が翌日なのでディーラーに行かなければならないこと(冷静に考えると、車をピックアップしていなくても大丈夫だが、言い訳の1つとして)という言い訳がどどっと私の中に押し寄せて、再度、空港に向かってしまった。
その後、チェックインして、さらに、フライトは延びて、結局65分遅れで14:35離陸となった。悪い予感が立ちこめる。私は飛行機をキャンセルできる手段があったが、選択しなかったのでモヤモヤしていた。満席だったので、他の人はどうしたんだろうと思ったが、元々ツアーやビジネスパックで買っていたら変更出来ないし、新幹線片道の18000円より安い価格で購入している人には、この程度の危機予想では差額の自腹を切って、わざわざ東京や品川駅に移動することまでは考えないだろう。細かくは覚えていないが、15:50頃に高松空港で1回目の着陸を試みるも、濃霧で真っ白で、急上昇の着陸回避。機長から、30分程度高松上空で待ってから、再度着陸を試みると。で、16:30過ぎか、再度試みるも全く同じで、結局、これから伊丹空港に向かいますと。伊丹空港着陸は、17:00を過ぎていたと思う。
着陸後は、地上係員の方が乗ってきて、今後の状況の説明や、JR無料引換券で、新幹線で岡山経由の高松まで戻ってもらう説明があり、書類をもらった。手荷物を預けていたのをピックアップして、17:30だったと思う。
ここまではJALの対応は完璧だったと思う。機長や客室乗務員の対応は問題なかったと思う。むしろ、リスク回避のために動いてくれた判断は尊敬している。さて、私は高松空港に車を停めていたので、そのピックアップのために、費用が発生するので「やわらかく」係員に尋ねたら、清算支払OKの旨の返答があり、カウンターで手続きして下さいと。これが悪夢の始まりだった。まず、先方から名前は控えられたが、私がその初回担当者を名前を聞かなかったのがまずかった。次に、向かった先のカウンターには行列で、かつ、多くが高松便の客で、困難な条件(ツアーや、レンタカー、キャンセル交渉)で、私の番が回ってきたのは30分ぐらいかかった。それから交渉したところ、色々(初回担当者と異なる対応をされたことに)頭にくることがあって、伊丹空港を解放されたのが、18:30。
それから指定された方法としてバスへ新大阪へ、JRで、高松に着いたのが22時。一度空港にタクシーで向かって、車もピックアップして家に着いたのが23時だった。
反省点は次の通りである。直接経費は余り問題ではなく、ロスした時間価値、疲労の方が大きい。結果としては、12時30分の時点で「強くヤバいな」と思った時点で、新幹線に切り替えて、その後の雑音に流されずに一貫して動くべきだった。
振り返ると、途中で判断がぶれたのが悔いの残ることであった。自分がしっかりしていないと、「なんとかバイアス」がはたらくのがよくわかった。
色々考えると、今の私にとって時間が取られることがつらい。自分の判断でJRに切り替えることによって、高松空港への自家用車のピックアップ料金などたかがしれているし、そもそも結果として当初の便で高松に着いていれば、18時頃には高松駅に辿り着いているので、安くリムジンバスにも乗れたし、そんなに致命的ではない。
判断ミス、戦術ミスであるが、自戒のために、次回のために、掲載しておく。
大事なのは、そういう動きをすることで、トータルのリスク回避の勝率を上げることだと思う。1つ1つの結果に流されては、全体を見失う。確率で考える必要がある。そうやって生き残る必要がある。地震の発生確率も引き上げられたし。
高松は、地方都市の中でも、交通の冗長性(代替選択制)は非常に高いと思っている。ラッキー、ではなく、私が転職をする際に、暗にそういうことは考えていたのである。交通インフラが冗長性が高いことに価値を見いだして、高松の地に転職してきた、と言ったら若干は盛っているが、あながち間違いではない。一番は高松出身というのがあるが、それを割り引いてもそう思う。
飛行機の便利なところは、所要時間が短いのはあるが、一度予約するとビジネスきっぷを除いて変更がしづらい所がデメリットである。ただし、そのデメリットを補うのが、先方での悪天候の際に条件付き運行になった際には全額払い戻しが選択できることにある。これで大部分は回避できる。
ついでに言うと、当日購入の価格がべらぼうに高いことは、どうにかならないかと思う。プライベート利用である、身内の不幸の際に、急に飛ぶとなるときには、航空会社が鬼のように思えてくることもあった。その際には、お金なんて関係ないのでどうでも良いが、冷静に考えるとそう思う。正規料金がベースで、前日以前に早く買ったから安いのだ、という航空会社からの説明も、それは説明の仕方の違いだけであって、確率的な分布を見込んで料金設定がされているので、全体の重み付けの話である。スーパーの△割引を月25日間もやっている話に似ている。大事なのは、売上の比率であろう。
国内便飛行機チケットの売り上げ状況(仮の推定)
正規料金 35000円 5%
1日前まで 25000円 30%
21日前まで 18000円 30%
45日前まで 13000円 25%
大幅割引 10000円 10%
ホテルとセットのビジネスパック・ツアーパックもそれなりに多いと思うので、換算するともっと安い方にシフトするかもしれない。(高いので国内では少ないと思うが)ビジネス客が買う日付未設定のオープンチケットは、正規料金程度と思うが、わからないので仮に0とする。
この件は、話がそれるので、論点を整理してまた別のトピックとして書こう。
新幹線の便利なところは、当日まで決めることができることや、東海道線の関ヶ原の雪の遅延を除くと比較的災害に強いことである。さらに、年間1000円程度でエクスプレス会員になると、オンラインで予約ができ、乗車変更が3ヶ月以内であれば何度でもできるというところを考えると、メイン利用だけでなく、飛行機が遅延時の代替手段としては有効である。窓口購入は、そもそも駅に着かないと購入できないことや、災害時には駅は大混雑なので、厳しいと思う。
デメリットは、長い乗車時間であるが、3人掛けの真ん中は厳しいが、それ以外は東京から岡山までは許容できると思う。東京から鹿児島までは厳しい。また、少なくとも高松便は、岡山行き終新幹線にマリンライナーが接続しているので、東京駅の高松行きの終新幹線が20時30分なのは、飛行機にはないメリットであり、特筆に値する。高松行便の最終は、20時頃であるが、余裕を見て東京駅は18時30分は出たいところだ。この2時間近くの差は大きい。また、上記のエクスプレス会員のオンライン予約であれば、比較的窓側がとれる(急な交通手段の変更を検討してから実際にJRみどりの窓口に到着できるまでの時間のタイムラグがあるため)ので、体力温存と電源確保としての新幹線は災害時には有効である。
14:25追記情報: 高松空港の条件付き運航の場合には、レベルが1~3とあるようで、少なくとも高松空港のカウンターでは教えてもらえるとの情報を失念しており、今回改めて指摘を受けて思い出したのでここに追記する(結果、n=2)。推定であるが、ほぼ100%が、周辺の濃霧で飛行機が「着陸」できるかが問題であり、それの裏返しとして、出発機材が確保できるか。私が知る限り、機材さえあれば濃霧でも始発便は高松空港が離陸できるので。ただ、このレベル情報が、高松空港外から電話等で知ることができるか、羽田空港カウンターで知ることができるか、についての情報も引き続き情報収集して蓄積したいと思う。
以下、私の判断事例を提示する。
1月9日の東京出張帰りのフライト。私のミスで羽田空港の定時に明らかに間に合わなかった。たまたま高松空港が雪のため、条件付き運行の案内が出たため、キャンセルが無料となった。よって、運が良く飛行機は全額払い戻しして、上記のオンライン予約で窓側の新幹線も予約ができて、新幹線で帰ってきた。確認したところ、私が乗る予定だった飛行機は、出発の遅延があったものの、無事着陸できている。
2月10日の東京出張帰りのフライト。13:30発のフライトであった。朝から、1時間おきに、条件付き運行の情報がメールできていた。メールが頻繁に来るもので、オオカミ少年のように麻痺して、最後の方は内容を読んでいなかった。通常の条件付き運行なら、まあ、大丈夫だろうと判断してしまっていた。浜松町でモノレールに乗ってから、改めてメールを見ると、ヤバいことに気づいた。天候調査中で、まだ見込みが立たないと。それで、以前のフライトを見ると、2つ前の便が、着陸できずに、高松空港の隣の徳島空港に降りたとの情報が。
この時点で、リスク回避のことが頭をよぎったものの、快速に乗ってしまったので、引き返すポイントが見えない。色々考えて、大井競馬場駅で降りて、逆向きのモノレールに乗換えようとした。すでに天候調査になっているので、確定する時間までにキャンセルすればよい。そのモノレール待ち時間の間、オンラインで、新幹線の窓側を予約できたので、新幹線に決めた。
っと思った瞬間、JALは天候調査を終え、私のフライトが、45分遅れで出発することが決定した。天候調査をした上で、あえて「やる」と判断したのは私の経験が無かったのもあり、これは行けるのではないか、と考えてしまった。新幹線は、再度乗車変更すれば、実質無料キャンセルと同じ扱いだし。
というのは、手荷物が多かったこと、疲れていたので、またこれから4時間以上掛けて陸路帰るのもなんとなくいやだなぁと思ったこと、自家用車を高松空港に停めていること、さらに、車の保険の満期が翌日なのでディーラーに行かなければならないこと(冷静に考えると、車をピックアップしていなくても大丈夫だが、言い訳の1つとして)という言い訳がどどっと私の中に押し寄せて、再度、空港に向かってしまった。
その後、チェックインして、さらに、フライトは延びて、結局65分遅れで14:35離陸となった。悪い予感が立ちこめる。私は飛行機をキャンセルできる手段があったが、選択しなかったのでモヤモヤしていた。満席だったので、他の人はどうしたんだろうと思ったが、元々ツアーやビジネスパックで買っていたら変更出来ないし、新幹線片道の18000円より安い価格で購入している人には、この程度の危機予想では差額の自腹を切って、わざわざ東京や品川駅に移動することまでは考えないだろう。細かくは覚えていないが、15:50頃に高松空港で1回目の着陸を試みるも、濃霧で真っ白で、急上昇の着陸回避。機長から、30分程度高松上空で待ってから、再度着陸を試みると。で、16:30過ぎか、再度試みるも全く同じで、結局、これから伊丹空港に向かいますと。伊丹空港着陸は、17:00を過ぎていたと思う。
着陸後は、地上係員の方が乗ってきて、今後の状況の説明や、JR無料引換券で、新幹線で岡山経由の高松まで戻ってもらう説明があり、書類をもらった。手荷物を預けていたのをピックアップして、17:30だったと思う。
ここまではJALの対応は完璧だったと思う。機長や客室乗務員の対応は問題なかったと思う。むしろ、リスク回避のために動いてくれた判断は尊敬している。さて、私は高松空港に車を停めていたので、そのピックアップのために、費用が発生するので「やわらかく」係員に尋ねたら、清算支払OKの旨の返答があり、カウンターで手続きして下さいと。これが悪夢の始まりだった。まず、先方から名前は控えられたが、私がその初回担当者を名前を聞かなかったのがまずかった。次に、向かった先のカウンターには行列で、かつ、多くが高松便の客で、困難な条件(ツアーや、レンタカー、キャンセル交渉)で、私の番が回ってきたのは30分ぐらいかかった。それから交渉したところ、色々(初回担当者と異なる対応をされたことに)頭にくることがあって、伊丹空港を解放されたのが、18:30。
それから指定された方法としてバスへ新大阪へ、JRで、高松に着いたのが22時。一度空港にタクシーで向かって、車もピックアップして家に着いたのが23時だった。
反省点は次の通りである。直接経費は余り問題ではなく、ロスした時間価値、疲労の方が大きい。結果としては、12時30分の時点で「強くヤバいな」と思った時点で、新幹線に切り替えて、その後の雑音に流されずに一貫して動くべきだった。
振り返ると、途中で判断がぶれたのが悔いの残ることであった。自分がしっかりしていないと、「なんとかバイアス」がはたらくのがよくわかった。
色々考えると、今の私にとって時間が取られることがつらい。自分の判断でJRに切り替えることによって、高松空港への自家用車のピックアップ料金などたかがしれているし、そもそも結果として当初の便で高松に着いていれば、18時頃には高松駅に辿り着いているので、安くリムジンバスにも乗れたし、そんなに致命的ではない。
判断ミス、戦術ミスであるが、自戒のために、次回のために、掲載しておく。
大事なのは、そういう動きをすることで、トータルのリスク回避の勝率を上げることだと思う。1つ1つの結果に流されては、全体を見失う。確率で考える必要がある。そうやって生き残る必要がある。地震の発生確率も引き上げられたし。
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